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2006年6月20日 (火)

アイスカフェラテ

たとえば息を吸いこむ
緑色のストローを
銜えたまま息を吸いこむと
初夏の若々しい色のトンネルの中を
もの言わぬアイスカフェラテが
昇ってくる
アイスカフェラテがものを言わないのは
発声器官を持ってないからだ
あるいはアイスカフェラテは
ものを考えることができない
と人は言うだろう
我々は偶々脳みそが発達しているから
ものを考えるのは脳みその専業だ
と思っている
脳みそのないものは考えることができない
と思っている
でも本当にそうだろうか
脳みそは偶々ものを考えるのが
得意なだけの器官なのでは
ないだろうか
アイスカフェラテだってものを考える
抗いようのない強烈な気圧の力によって
光無き地獄の洞穴に吸いこまれる時
本当は悲鳴を上げたくてしょうがないのかもしれない
そう考えると急に
アイスカフェラテが可哀相になった
しかしそれ以上に
アイスカフェラテは美味しいのであった

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2006年6月 4日 (日)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~最終回

 いん石が再び動き出すのを確認すると同時に、チェンは手に持っていたストップ・ウォッチを止めました。
「ジャスト二十秒! やってくれたぜ!」
 チェンの計算では、地球の自転から取り残されたいん石は、これで落下地点を変え、エスト湖に落ちる予定になっています。
 一瞬にして地表に近づいたいん石は、いよいよその巨大さを誇示し、ついにあたりはいん石のつくりだす影で薄暗くなってしまいました。真っ暗にならなかったのは、いん石自体が燃えているので、その炎によってあたりが照らされているためでした。
 燃えさかるいん石の表面が、空一面を覆いました。経験したことのない暴風が、森の木々を一瞬にしてなぎ倒します。
「今だ!」
 チェンが叫ぶと同時に、
「湖よゴムになれ! イル・フェ・ボー!」
 ブランは全魔法力を込めて杖をふりました。
青い光が水面を覆うと、湖は瞬時に巨大なゴムのかたまりとなりました。
 その中心に、巨大いん石が突き刺さります。
 ものすごい衝撃と轟音が、周囲に走りました。もしも穴を掘って隠れていなかったら、タロウたちはみな、爆風でバラバラに吹き飛んでいたでしょう。
 いん石は、ぶ厚い「湖のゴム」を突き破ろうとするように、深く深く突き刺さり、その勢いは少しも衰えませんでした。
 タロウたちは、確かにいん石の「重圧」を感じていました。
 いん石の圧倒的なほど強大な破壊力が勝つか、命を賭けて故郷を守ろうとするかれらの強い「心のチカラ」が勝つか……。
「守ってやる!」
 ボブは湖面に突き刺さるいん石をにらみつけながら、強く祈りました。
「パパ……ママ……!」
 キャスはモンド村でずっと一緒に暮らしてきた家族と、村民たちのことを想い、強く祈りました。
「はね返せ!」
 チェンは、自分を信じて一緒に戦ってくれている仲間たちの未来のために、強く祈りました。
 しかし、ブランに限界が近づいています。
 魔法力の使いすぎで、すでに息はぜえぜえと荒くなり、目がかすれて、今にも見えなくなってしまいそうでした。
 湖のゴムが、次第にきしみ始めます。
 そして、ついにブランの魔法がとけてしまいました。
 ゴムの湖が、ただの湖に戻ります。
 しかし次の瞬間、
「いん石よ、シャボン玉になれ!」
 タロウが強く叫びました。
「イル・フェ・ボー!」
 ブランが、最後の力をふりしぼって杖を振ります。
 巨大な湖のゴムを突き破って、あたり一面を破壊しつくそうとしていた巨大いん石は、一瞬にして巨大なシャボン玉になってしまいました。
 太陽の光にてらされて七色に光る巨大なシャボン玉の美しさに、みんな我を忘れて見入りました。
 しかしその巨大なシャボン玉は、すぐに、
 バチン
 と、大きな音をたて、湖の上ではじけてしまいました。
 膨大な量の石けん水が湖に降り注ぐと、あっという間に洪水が起こり、あたりは水浸しになってしまいました。しかし、幸い、タロウたちのいる湖岸は、湖の周辺の他の場所よりも高い位置にあったので、かれらは洪水に飲み込まれずにすみました。
 そこまで見届け終えると、みんな一斉に、今まで止めていた息を吐き出して、穴の中へと倒れ込みました。
「ああ、しんどかった……!」
 ボブは、もう動けない、といった風に目を閉じました。
「パパ……ママ……」
 キャスは泣きながら笑っています。
「やれやれ……オレは頭が固かったかな?」
 チェンは空を見上げたまま、あきれたようにつぶやきました。
「やった……!」
 タロウは空を抱きしめるようにして、笑顔で両腕を広げました。
 疲労のあまり、全員がすぐに眠ってしまいました。
 ブランは魔法力の使いすぎでかすれている目で、みんなの寝顔を見ながら、モンド村もみんなも無事であることを喜び、微笑みました。
「そういえば、ノワールとグリ先生はどうしたんだろう?」
 あたりを見回しました。
「オレたちなら無事だぜ」
 声は、空からでした。そこにはグリ先生を背負ったノワールが、いつもよりふらふらとして頼りない感じでしたが、辛うじて浮かんでいました。
 いん石を止めた後、気を失って落下していった二人ですが、地面に激突する寸前に意識を取り戻したノワールが、最後の力をふりしぼって、再び飛翔したのです。
 ゆらゆらと着地すると、ノワールは背中で眠っているグリ先生をそっと地面におろします。
 そして崩れ落ちるようにして、自分も仰向けに地面へと倒れました。
「勝ったよ、ノワール!」
 ブランは、友と喜びを分かちあおうとして、微笑みました。
 しかし、ノワールは疲れ切った表情で言いました。
「ああ、確かに勝った……。でもな、オレたち魔法使いにはまだ仕事が残ってるんだぜ」
 言われてすぐに、ブランは気がつきました。
 ブランは、お魚さんたちを救出するためにことごとく水槽にしてしまった大きな建物を、もとに戻さなくてはいけませんでした。ノワールとグリ先生は、水槽の中のお魚さんたちを全て湖へ帰してあげなくてはいけません。
 それに何よりもまず、シャボン液で泡だらけになっている湖をきれいな水へと戻してあげる必要がありました。
 全部終わるには、丸一日以上かかりそうでした。
「ウエ~」
 うんざりした声を上げると、ブランはその場に倒れ込んで、寝込んでしまいました。

       -おわり-

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2006年6月 3日 (土)

日本人よ、セックスを見直せ

 05年の日本の合計特殊出生率が1.25で、過去最低だった昨年の1.29をさらに下回ったというニュースが先日報じられました。

 少子化問題については前々からいろいろ議論されていますが、僕もテレビで現役の政治家さんたちが口角沫を飛ばしているのを何度か見たことがあります。
 しかし、その度に違和感を感じました。彼らの議論にはいつも根本的な部分が抜けているのです。
 そう、セックスについてです。
 少子化対策の議論になると、誰もが育児環境の整備や国による支援などについて意見を述べますが、誰もセックスについて触れようとはしないのです。
 しかし、これは考えてみるとおかしな話ですよね。
 どんなに育児環境を整備して国による支援を充実させても、セックスをしなければ子どもは生まれてこないのです。
 確かに育児環境の整備も国による支援も、必要です。それらがきちんとしてないと、子どもを産んで育てようにも、不安で仕方ないでしょう。
 でも、セックスについて全く議論しないというのは、ナンセンスです。
 ある統計によると、国別の年間のセックスの回数の平均では、日本が最も回数が少ないそうです。
 日本人にはもっと充実したセックスライフが必要なのです。

 考えてみると、現代はセックスの他にも、いろいろと楽しいものが多すぎるのではないでしょうか。テレビでは深夜まで様々な番組をやっていて、あの手この手で人々の興味を惹こうとしています。あるいは、ファミコン世代が大人になった今でも夜遅くまでゲームをしていたり、パソコンがすっかり普及したことによりインターネットのコンテンツもますます充実し、多くの人々をネットの世界に引き込んでいたりします。
 それらを頭から否定するわけではありませんが、それらに時間を割くことによって、パートナーとセックスをする回数が減ったというのは事実だと思います。

 それから、セックスを単なる娯楽の1つと考える風潮も良くありません。今の世の中にはセックスに関する情報がありとあらゆる場所に氾濫していて、その多くが肉体的な快楽の追求に関するものです。
 それ故か、セックスが「卑しい行為」であるとさえ考えられてしまっています。大人たちはセックスをいやらしくて、いかがわしいものと思いこみ、セックスに関する話題を必要以上にタブー視して、できるかぎり子どもたちをその話題、知識から遠ざけようとしています。
 でも、それは違うと僕は思います。
 男の立場から、あえて下世話なことを書かせてもらいますと、僕はパートナーと繋がれるということに深く感動します。女性が男性を受け入れてくれるということは、非常に大切なことなのです。なぜなら、それは生物的存在としての自分を無条件に受け入れてくれるということであり、生命の営みとして最も尊いものであると感じるからです。
 だから僕はセックスという行為に肉体的な快楽以上に、精神的な歓びを感じます。パートナーと肌が触れあうことによって愛情が通い合うということが、セックスにおける最も重要なことなのだと僕は思うのです。
 愛情のあるセックスが本当は尊いものなのだということをまずは大人たちが再認識し、そして性教育を通してそれを子どもたちに伝えなければなりません。
 現代は、高校生はおろか中学生までもが興味本位でセックスをしてしまう時代です。しかし、それは良くない。セックスとは、「とても尊いもの」なのだから、子どもが興味本位でしてはならないものなんだ……と、大人たちは責任を持ってそう教えなければならないのです。

 そのようにして日本人はセックスというものの尊さ、歓びを再認識し、パートナーとのセックスライフをより充実させるよう努力すべきなのです。そうすれば、あるいは少子化も若干是正されるかもしれません。

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