2005年12月29日 (木)

時雨忌アンケート7~9人目

 124日に東京上野文化会館で開催された俳諧時雨忌で実施したアンケートの回答を紹介します。今回は79人目です(順不同)。

 質問は、以下の通りです。

一、あなたにとって連句とは何ですか?

二、句作の上で気をつけている点、工夫している点は何ですか?

三、一句お願いします。

 では、さっそく紹介しましょう。

内藤廣さん 75歳・男性 連句歴15年 所属:ひよどり連句会

一、俳句と連句は車の両輪のようなものです

二、先輩に教わりながら回数をかさねて一つずつルールと呼吸を学んでいます

三、鮨酒に難問溶けてしまひけり

松本杏花さん 女性・62歳 連句歴17年 所属:さくら草連句会

一、頭の運動と友達づくりです

二、あまり古くならないように

     現代に添うようにする

三、お茶の花国分寺址を歩きけり

  何もなき国分寺址やお茶の花

小池舞さん 女性(年齢・連句歴・所属無回答)

一、いつも気になる心の恋人

二、あっさり、さらりとした風情

  より添うこと

  邪ましないこと

三、蛍飛ぶ水底にある我魂よ

 連句をやっていらっしゃる方々は、年配の方でも学ぼうという意欲をとても強く持っているようです。それが若さの秘訣なのかも知れませんね。

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2005年12月12日 (月)

時雨忌アンケート4~6人目

 去る124日、東京上野文化会館にて俳諧時雨忌が催されました。

 その際、アンケートを実施し、18名の方に回答をいただけたので、3名ずつ、6回に分けて紹介していきます。今回は46人目を紹介します(順不同)。

 質問は、以下の通りです。

一、あなたにとって連句とは何ですか?

二、句作の上で気をつけている点、工夫している点は何ですか?

三、一句お願いします。

では、さっそく紹介しましょう。

宮下太郎さん 男性・67歳 連句歴40年 鹿の会

一、生きがい

二、心で付けること

三、薮透けて覗く人なし年の暮

土屋実郎さん 76歳・男性 連句歴40年 都心連句会

一、老後の丁度よい遊び(仕事)

二、(無回答)

三、掃いてまた落葉の溜まるひとところ

横山わこさん (性別以下無回答)

一、遊び

二、楽しく

三、時雨忌や上野の森も恋しかり

お年を召されても、いつまでも遊ぶことのできる連句って素晴らしいですね。

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2005年12月 9日 (金)

時雨忌アンケート1~3人目

 去る124日、東京上野文化会館にて俳諧時雨忌が催されました。

 その際、アンケートを実施し、18名の方に回答をいただけたので、これから3名ずつ、6回に分けて紹介していきます。今回は13人目を紹介します(順不同)。

 質問は、以下の通りです。

一、あなたにとって連句とは何ですか?

二、句作の上で気をつけている点、工夫している点は何ですか?

三、一句お願いします。

では、さっそく紹介しましょう。

下鉢清子さん 女性・82歳 連句歴20年 所属:猫蓑会

一、世間との会話

二、韻文を美しく

三、柴漬(ふしづけ)のまこと無精な仕掛けかな

堀口希望さん 男性・66歳 連句歴9年 所属:橋の会(大橋俊彦主宰)

一、俳句を取りまく諸々の楽しみのひとつ。

二、ベタ付けにはならぬように。

三、連衆の末席に坐し翁の忌

杉野栄美さん 男性・70歳 連句歴1年 所属:穴澤篤子さん

一、人と人とのコミュニケーション

二、目下勉強中

三、(無回答)

杉野さんの「所属:穴澤篤子さん」というのは……穴澤篤子さんに弟子入りしたということでしょうか?

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2005年10月 7日 (金)

連句入門 第10回

4句目

 4句目は短句77)です。大抵は「雑」の句になりますが、季節のあるなしに関しては、その場の捌きに確認していただければ結構です。

 4句目のポイントは、第三の「虚構」を受けて、さらりと軽めの句で応じることです。

 好例を紹介しましょう。以下は歌仙『速度・深度』の巻(『草門帖』第3巻より)の発句~4句目です。

  煤逃げと誘はれ神田錦町          山地春眠子

   マネキン積みて発てば冬靄        川野 蓼艸

  双眼鏡毛づくろいゐる猫のゐて       高岡 粗濫

   擦り切れてくるG線の弦           上野 遊馬

 双眼鏡でいろいろ見ているうちに、ヴァイオリンの練習をしている人をとらえるわけです。しかも、ヴァイオリンをクローズ・アップしてみると、あの名曲をしきりに練習しているのか、G線の弦だけが擦り切れてきている……。

 とてもさらりとしたユーモラスな句ですね。

 拙作の歌仙『猿の横顔』の巻では4句目を以下のように付けました。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる          三秋・場

   天に磨きぬ真円の月              三秋・場

  柚子風呂は入浴剤と噂して           晩秋・自

   戯れに描く猿の横顔               雑・自

 入浴剤が入っているという噂の風呂を描きながら、ふざけてそれに浸かっている猿の横顔まで描いているということです。

 わかりやすいように季節と自他場を表示しました。発句、脇が「」の句でしたので、第三では人情を入れて「」の句にして、4句目も「」の句を付けたわけです。

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2005年8月 1日 (月)

連句入門 第9回

   第三~虚構への入口~

 発句から数えて3句目の長句(5・7・5)を「第三」といいます。第三には季語を入れる場合と入れない場合があります。たとえば発句が<春>もしくは<秋>の場合、<春><秋>は「3句以上5句まで続ける」というルールがありますので、必然的に発句が<春>なら<春>、<秋>なら<秋>、ということになります。発句が<夏>、<冬>の場合、<夏><冬>は「1句以上3句まで続ける」というルールになっていますが、これらの季節はほとんどの場合2句まででやめるので、大抵は<雑>になります。もちろん、<夏>、<冬>になることも皆無ではありません。

 第三のもう1つのルールとして、句末を「に」「て」「にて」「もなし」「らん」のいずれかで止めるというものがあります。これは連句を「虚構の世界」に持ってゆくため、などといわれていますが、むつかしいことはともかく、とりあえずは「そういうことになってる」と思っていただければ結構です。

 「虚構の世界」という言葉が出てきましたが、第三は「虚構の世界の入口」であるということが最大のポイントなのです。発句では当日のその場その時、または挨拶などを詠みました。脇ではその発句にベタ付けに付けました。そして第三から「虚構の世界」へと入ってゆくのです。それは、発句、脇とは全く違う世界観の句を詠むことに他なりません。「全く違う世界観の句を詠む」ということを連句では「転じ」といいます。この「転じ」を繰り返して進んでゆくのが、連句なのです。

   「打越」の障り

 連句では直前の句を「前句」、さらにその前の句を「打越」といいます。連句ではこの「打越」と同じイメージ、同じ世界観になることを嫌います。ところが、連句をしていると連衆の中からそのような句が出てくることも、多々あります。そのような句は「打越に障っている」、「打越している」といって、捌きはそれを採用しないことになっています。

 では、どのような句が打越に障るのでしょうか。以下、実例を見てみましょう。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   空に磨きぬ真円の月

  松虫の値札こっそり貼り替えて

 これは、「鈴虫」と「松虫」が同じ「秋の虫」です。連句では打越と付け句で同じようなものが出てきてはいけないのです。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   空に磨きぬ真円の月

  望郷の歌を雲間に届かせて

 この場合は、発句が故郷を懐かしむような句であるのに対し、第三も「望郷」が詠まれていて、同じようなイメージとなってます。このように、前句を挟んで打越と付句のイメージが同じになってしまうことを「観音開き」といって、これも典型的な打越の障りです。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   空に磨きぬ真円の月

  デパートの撫子までを散歩して

 これは打越のイメージとは重なるものはありませんが、同じ「撫」の字が入ってしまっています。これを「同字」の打越、といいます。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   空に磨きぬ真円の月

  コスモスの色が水面に輝きて

 これは一見すると、打越とイメージが重なっていませんし、同字も出てきていません。しかし、これは打越に障っているのです。どうしてかというと、打越が「場」の句であるのに対して、付け句も「場」の句になっています。つまり、これは「場」の打越です。これと同様に、人情句も「自」同士、「他」同士、「自他半」同士が打越になってはイケナイのです。付け句をする場合は、自他場も気にするようにしましょう。

 打越の障りは、おおざっぱにいえばこんなものです。あとはこれから付け句を進めていく流れの中でその都度、説明していきます。

 さて、では『歌仙「猿の横顔」の巻』では実際にどのように付けたかというと……

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   空に磨きぬ真円の月

  柚子風呂は入浴剤と噂して

 「場」の句の打越にならないように、人情を入れました。「噂して」なので、人がいるという理屈です。季節は「柚子」で<晩秋>……のつもりだったのですが、後日、あらためて『季寄せ』を引いたところ、「柚湯」「柚風呂」は<仲冬>でした。これは失敗。まあ、「入浴剤」なので、<晩秋>でも良いということで……。

 失敗といえば、僕はあまり詳しくないのですが、芭蕉もかなり失敗をしているそうです。だからといって、芭蕉の評価が変わるわけではありませんね。ですから、失敗などはあまり気にせず、のびのびと、自分や仲間たちが楽しめれば良いのです。

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2005年6月11日 (土)

連句入門 第8回

   「自他場」について

 連句の中の句は、大きく分けて、「人情句」と「場の句」に分けることができます。「人情句」はさらに「自の句」「他の句」「自他半の句」に分かれます。以下、例句を出しながら説明していきます。

 まずは「人情句」ですが、ここでいう「人情」というのは、「優しい」とか「情けがある」という意味ではなくて、ただ単に「句の中に<人>が登場するもの」を「人情句」というのです。

  隠沼の月光写真を現像す          上野 遊馬

 「自の句」とは、「自分」が出てきて、なおかつ「自分以外の人」が出てこない句のことをいいます。ですから、句の中に「」「」「」などの1人称が出ていて、なおかつ他の人が出ていなければ、それは最もわかりやすい形の「自の句」ということになります。上の句の場合は1人称は出ていませんが、「現像す」というのは自分の行動に他ならないですから、これも「自の句」ということになります。

  ロックに凝って兄は還俗          川野 蓼艸

 こちらの句は明確に「兄」という「自分以外の人間」が出ていて、しかも「自分」は出ていませんね。ですからこれは「他の句」ということになります。

  手をつなぎ地雷の原を走り抜け       坂根 慶子

 「手をつなぐ」という行為は1人ではできませんね。必ず「自分」と「自分以外の人間」が必要です。ですから、上の句は「自他半の句」です。

  冬の蝗のこけつまろびつ          村松 定史

 この句は冬のイナゴの様子を詠んだ句であって、そこに人間は存在しません。こういった句を「場の句」といいます。

 以上、「自の句」「他の句」「自他半の句」「場の句」について大まかに説明しましたが、実はこれらの分別は時として非常にあいまいであり、解釈の仕方によってはどうにでもとれる句というのも多いのです。たとえば、「手をつなぎ」の句は「自他半の句」ですと説明しましたが、これは解釈の仕方によっては、「自分とは全く関係のない人々」が手をつないで地雷原を走る抜ける様子を詠んでいる、という風に解釈することもでき、その場合は、たちまち「他の句」であるということになるのです。

 ちなみに、僕が参加させていただいている「草門会」では、「自他場」については、あまり重要視していません連句協会の役員でおられる川野蓼艸さんも、「三分の理があればよい」と言って、そのとき都合のいいように解釈しています。「自他場」にこだわりすぎるよりも、付け句としての面白さを重視する、ということですね。

 ☆今日のポイント☆

1 「自の句」は「自分」が出ていて「自分以外の人間」が出ていない句。

2 「他の句」は「自分以外の人間」が出ていて「自分」が出ていない句。

3 「自他半の句」は「自分」と「自分以外の人間」が出ている句。

4 「場の句」は「人間」が出ていない句。

5 「自他場」の区別は、「三分の理」があればよい。

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2005年5月31日 (火)

連句入門 第7回

  季句の続け方

 前々回、前回では、「発句」と「脇」について説明しました。次は「第三」と呼ばれる表六句の3句目ですが、それについて説明する前に、今回は「季句の続け方」、次回は「自他場」について説明しておきたいと思います。

 「季語」を詠み込んだ句を「季句」ということについては、先に触れました。その「季句」が出た時に、同じ季節の句を何句か続けて付けていくのですが、その続け方には、以下のようなルールがあります。

 <春><秋>の句は、3句以上5句まで続ける

 <夏><冬>の句は、1句以上3句まで続ける

 「季戻り」はしない

 連句では、<春>と<秋>のような、気候が移り変わる間の微妙な自然の変化が風流であるとして好まれています。ですから、<春>と<秋>の句は最低でも3句以上続けるようになっています。長くて5句までですが、実際には5句まで続けることは、あまりありません。大抵は、3句か4句までです。

 一方、<夏>と<冬>のような、極端に暑かったり極端に寒かったりするような季節は、どうしても句の印象が濃厚になってしまいますので、あまり続けずに、長くても3句までということになってます。実際には、3句も続けるようなことはほとんどなく、2句までが標準です。1句で終わらせることも、よくあります。

 「季戻り」というのは、同じ季節の流れの中で、文字通り、季節が戻ってしまうことをいいます。たとえば<春>の句の場合は、<初春>→<仲春>→<晩春>、あるいは、<初春>→<初春>→<晩春>などのような流れで付けていきますが、<初春>→<仲春>→<初春>のようには付けることができません。私たちが生活する中で、3月から2月に戻ったりすることがないのと同じ理屈ですね(ただし、「季移り」といって、たとえば<春>の句にまったく別の季節の句が付いたりすることはあります。それについては、また今度説明します)。

 <三春><三夏><三秋><三冬>の季語は、季節の流れの中では、オールマイティーの役割を果たします。これらの季語はそれそれの季節の全体にわたっているので、たとえば、<晩春>の句のあとに<初春>や<仲春>の句を付けてしまうと「季戻り」になってしまいますが、<三春>の句であれば付けることができます。また<三春>を<初春>の前に持ってきて、<三春>→<初春>→<初春>というように付けることもできます。ただし、<仲春>→<三春>→<晩春>などのように付けるのは可能ですが、<仲春>→<三春>→<初春>としてしまうと、これは「季戻り」となってしまいます。

 実際の連句の場では、捌きや連衆が「次は<仲春>か<三春>です」などのように確認しながら作句しますので、あまり気負わずに「●」の部分だけ、ポイントとして覚えておいてください。

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2005年5月11日 (水)

連句入門 第6回

   

 発句に付ける短句(77)を「脇句」(わきく)、もしくはただ単に「脇」といいます。脇を詠む際の主なルールは、以下の2つです。

 名詞止めにする

 発句と同季にする

 発句と脇は「二句一意」(にくいちい)といって、2句1セットで完結した世界観を構築することが好ましいとされています。そのため、脇は発句のイメージから離れすぎず、むしろ「ベタ付け」の方が良いとされています。2句で完結した世界観を作り上げるため、脇はその次の句に含みを持たせぬよう、「名詞止め」にします。また、同じ世界観を詠むために、同季で付けることになっています。たとえば、発句が「初夏」であれば、脇は「初夏」か「三夏」で詠むことになっています。雑や他の季節はもちろん、「仲夏」や「晩夏」でもいけません。

 また、前回の「発句」の説明で触れましたが、発句が挨拶の気持ちを込めて詠まれた場合、脇も挨拶で返すということを忘れないでください。挨拶をされたら挨拶を返すというのは、連句に限らず、世界共通のマナーですね。

 さて、独吟歌仙『猿の横顔』の巻きの脇を見てみましょう。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

   天に磨きぬ真円の月

 この脇が良いかどうかは別として説明しますと、ルール通りに名詞止めとなっています。また、発句が「三秋」(鈴虫)になってますので、脇も「三秋」(月)となっており、さらに発句の内容にベタ付けして、風流な世界観を構築しようという努力もされています。

 余談ですが、発句がお客様の「挨拶」の句であった場合、脇はその場の主人が「挨拶」を返すということになっている、といいましたね。独吟歌仙の場合は、「お客様」も「主人」もありえないわけですが、この独吟歌仙『猿の横顔』の巻きの脇においては、僕自身が「作者」ということで、僕の本名から「真」の字を句に入れておきました。ただし、これは僕が独自にやった「お遊び」でして、別段そういうふうにするというルールがあるわけではありません。ただ、連句を巻く際、そういった遊び心を大切にしたいと僕は思うのです。

 ところで、この脇は「月の座」になっています。本来の月の座は表六句の第5句目なのですが、この独吟歌仙の場合、発句が秋で始まりましたので、月の座を引き上げて脇に持ってきたのです。月の座については、後々説明します。

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2005年5月 8日 (日)

連句入門 第5回

   発句

 連句の第一句目の長句(575)を「発句」(ほっく)といいます。発句には2つのルールがあります。

  切れ字を入れる

  その時の季節の句を詠む

 連句の発句が独立して「俳句」になったということは先に言いました。ですから、俳句と同じように、発句には「」「」「かな」「けり」……などのような切れ字を入れることになっているのです。

 次の「その時の季節」ですが、連句の場合、これはもちろん旧暦です。たとえば、今現在(58日)連句を巻き始めるのであれば、「初夏」の季語を詠み込むことになります。「三夏」でも大丈夫ですが、初夏の方が好ましいでしょう。

 上記のルール以外のことですが、発句は、しばしば「挨拶」の気持ちを込めて詠むことがあります。現代の連句の場合は、個々の結社においてだいたい固定されたメンバーで連句を巻くことが多いようですが、時に外部からお客様を招いた場合は、そのお客様に発句を詠んでもらうのが通例となってます。その際、お客様として招かれた人が、挨拶の気持ちを込めた発句を詠むのです。たいていは「この場に招いていただいて嬉しい」というような内容をその結社の名称にかけて詠むことが多いようです。

 たとえば、僕の参加させていただいている「草門会」では、連句誌『れぎおん』から清水一與氏を招いたことがあります(僕はその時は参加していませんでしたが)。その際に、清水一與氏が詠んだ発句を以下に提示します。

  草の門(くさのと)の鬼神奇才や春隣

 季節が「晩冬」だったので、「春隣」という季語を入れて、なおかつ「才人の揃う」(清水氏評)草門会のメンバーをして「鬼神奇才」と表現したわけです。ちなみにこの発句に対して、脇はその時の捌きをした川野蓼艸さんが、

  雪原駆けて着きし我が友

 と付けました。

 以上が挨拶の例ですが、固定メンバーで行われる連句の場合は、必ずしも挨拶の気持ちを込める必要はありません。

 さて、ここから、独吟歌仙『猿の横顔』の巻を題材に話を進めていきたいと思います。

  鈴虫や故郷の風に撫でらるる

 この発句が良いかどうかはさておき、説明しますと、この独吟歌仙を作り始めたのは、9月中旬頃でした。ですから、「仲秋」の季語を入れるとベストだったのですが、ここでは「三秋」の「鈴虫」を詠みました。しかも、別にこの句は鈴虫の声を聴きながら詠んだというわけではなく、昼間の雑然としたカフェで『季寄せ』を引きながら、「これだ」という季語を決めて作ったものです。

 現実の連句の場というのも、このようなものです。

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2005年5月 2日 (月)

連句入門 第4回

  表六句

 発句~6句目までを「表六句」(おもてろっく)といいます。

 表六句は「おとなしめに付ける」のが基本です。具体的には、神祇(じんぎ)、釈教(しゃっきょう)、無常病体述懐旅行固有名詞などを句中に出してはいけない、ということになってます。神祇、釈教というのは、神様仏様のことで、キリストアラーもこの列に入ってます。

 表六句では極力派手なことはせず、スピルバーグの映画のように、とにかく静かに入っていきましょう。

 次回から、歌仙『猿の横顔』を題材に歌仙の流れを説明していきます(前回も同じことを言っていたような……)。

 ☆今日のポイント☆

1 表六句は静かに付ける。

2 神祇、釈教、無常、病体、述懐、恋、旅行、固有名詞を出さない。

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2005年4月23日 (土)

「梅の座」

 今年の1月から、「あヽノ会」という連句会に参加させていただいてます。そこではおもに胡蝶を巻いていて、先月は捌きもやらせていただきました。今月も、明日、おそらく捌くことになるでしょう。

 そんなわけで、最近、胡蝶について考えています。胡蝶は全24句で、「一花二月」です。これについて思うのですが、1巻24句の中に花の座が1つだけというのは、ちょっと淋しい気がします。もう1句くらいは花がほしいわけですが……「一花二月」のルールを勝手に変えるわけにはいきません。

 そこで考えたのですが、「梅の座」を作るというのはどうでしょうか? 川野蓼艸さんも常々、「梅はなかなか出番が無くてかわいそうだ」とおっしゃって、最近は積極的に梅の句を出しておられます。ナカ5句目あたりに、どうでしょうか?

 ただ、問題なのは今の時期のように発句が春で始まるときです。春、秋は3句以上5句まで続けるというルールがあるので、発句が春で始まって、ナカに「梅の座」を設けると、ウラは挙げ句までの流れが春と決まっているので、1巻の中に春が3ヶ所ということになり、最低9句、つまり全24句のうちの3分の1強が春の句になるということになります。これはちょっと多すぎでしょうか?

 明日、あヽノ会に行く予定なので、蓼艸さんにご意見を伺いたいと思います。

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連句入門 第3回

  歌仙の概要

 連句にはいろいろな形式がありますが、現在最も一般的といえるのが、全36句からなる「歌仙」(かせん)です。歌仙が一般的となる以前は、「百韻」(ひゃくいん)といい、文字通り100句からなる形式が正式でした。これは元々、連句が有閑階級である貴族の遊びであった連歌から派生したものだったからです。ところが、ひまな貴族たちは1日中連歌に興じていても問題なかったわけですが、連歌が連句となり、庶民も行うようになると、そうはいきませんでした。庶民は、働かなきゃいけない(この一文、僕の胸に突き刺さるものがあります……)。となると、連句にそう長い時間をかけるわにはいかなかったのですね。そこで短い形式として、歌仙が生まれたのです。
 ここで、みなさんに聞き覚えのある名前が出てくるのですが、歌仙を愛好し、広めたのは、松尾芭蕉でした。芭蕉は、現代では俳句の名人として知られていますが、実は連句の名人だったのです。そもそも俳句というのは、近代に入ってから正岡子規が、連句の発句を独立させて成立した、比較的新しい文学のジャンルなのです。
 余談が過ぎました。
 歌仙は、全体が4つの連に分かれていて、最初の連は6句から成っていて、「初折の表」(しょおりのおもて)といいます。または単に「」ともいいますが、普通は「表六句」(おもてろっく)といわれることが多いです。2番目の連は12句から成っていて、「初折の裏」(しょおりのうら)、または単に「」といいます。3番目の連も12句で、「名残の表」(なごりのおもて)といい、最後の連はまた6句で、「名残の裏」(なごりのうら)といいます。これらの名称は、昔は連句が「懐紙」(かいし)という紙に記されていたことに由来しますが、現代はほとんどの場合、連句はノートに記されていますので、まあ、「そういう言い方をするんだ」と覚えていただけば結構です。

 今回は、ここまでにします。まだこまごまとしたルールがありますが、ひとまず置いといて、次回からは独吟歌仙『猿の横顔』の巻を題材に歌仙を説明していきたいと思います。

  ☆今日のポイント☆

1 歌仙は全36句から成る

2 歌仙は4連から成る

3 最初の連は「初折の表」、または単に「表」、あるいは「表六句」といい、6句から成る

4 2番目の連は「初折の裏」、または単に「裏」といい、12句から成る

5 3番目の連は「名残の表」といい、12句から成る

6 最後の連は「名残の裏」といい、6句からなる

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2005年4月20日 (水)

連句入門 第2回

   ~句の種類~

 連句の中の句は、大きく分けて、以下の2種類に分かれます。

  季句(きく)

  雑の句(ぞうのく)

 季句とは季語を詠み込んだ句のことで、雑の句とは季語のない句のことです。

 俳句の季語には「春」「夏」「秋」「冬」「新年」がありますが、連句では「新年」以外の季節が、さらに4つに分類されています。たとえば「春」は「初春」「仲春」「晩春」に分けられ、その3つにまたがるものを「三春」といいます。同様に「夏」は「初夏」「仲夏」「晩夏」「三夏」、「秋」は「初秋」「仲秋」「晩秋」「三秋」、「冬」は「初冬」「仲冬」「晩冬」「三冬」に分類されます。

 暦との対応は、大ざっぱにいうと、以下のようになります。

  初春=2月  仲春=3月  晩春=4月  三春=2~4月

  初夏=5月  仲夏=6月  晩夏=7月  三夏=5~7月

  初秋=8月  仲秋=9月  晩秋=10月  三秋=8~10

  新年=いわゆる「お正月」

 ただし、若干のズレがあります。たとえば「花」(連句においては「桜」のことです)は、今年は遅かったですが、例年、3月下旬頃に咲きますね。しかし、季語において、「花」は「晩春」なのです。そのほか、個々の季語については、書店の俳句コーナーの「歳時記」や、インターネットの連句や俳句のサイトを参照してください。

 今日説明したもの以外に、花を詠み込んだ「花の句」、月を詠み込んだ「月の句」、恋愛に関して詠んだ「恋句」などがありますが、それらに関しては、のちのち流れの中で説明していきます。

   ☆今日のポイント☆

1 連句の句は「季句」と「雑の句」に分かれる

2 「春」は「初春」「仲春」「晩春」「三春」に分かれる

3 「夏」は「初夏」「仲夏」「晩夏」「三夏」に分かれる

4 「秋」は「初秋」「仲秋」「晩秋」「三秋」に分かれる

5 「冬」は「初冬」「仲冬」「晩冬」「三冬」に分かれる

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2005年4月17日 (日)

独吟歌仙『猿の横顔』

オ   鈴虫や故郷の風に撫でらるる

     天に磨きぬ真円の月

    柚子風呂は入浴剤と噂して

     戯れに描く猿の横顔

    草原を東へ駆ける騎馬民族

     海にずしりと雲の峰積む

ウ   汗をかくアイスコーヒー味薄し

     虎眼石(タイガー・アイ)の沈む胸元

    脚本にないラブシーン教はつて

     写真の隅に嗤ふ物の怪

    曾祖父の出品されし展覧会

     シーラカンスが釣れて闇汁

    熱燗の盃に三日月温めて

     廃墟の火星ステーションより

    エピローグだけを残して刻(とき)止まり

     最敬礼のままに玉音