2006年10月20日 (金)

「地球は青かった」

 ガガーリンが初めて宇宙に飛び出した頃、むろん僕はまだ生まれてもなかったわけですが、昨夜、彼が初めて宇宙から地球を見て発したこの言葉は、ひょっとしたら人類史上稀有な名言ではないかと、寝床でふと思いました。
 言ってる言葉自体は非常に単純で、5歳の子どもでも言えそうな感想です。しかし、それだけに純粋で、神を見たような驚きと深い感動が、この言葉には籠められていると思うのです。
 また、彼は一人の人間として初めて宇宙から地球を見たわけですが、同時に「人類」としても史上最初に見たわけです。つまり、この言葉はガガーリン個人の感想であると同時に、人類全体の感想でもあるのではないか……そう思った時にこの言葉の人類規模の壮大さと深さを感じ、史上これに勝る名言はないのではないか、どんな名句もこの言葉に及ばないのではないか、と絶望に似た感動を覚えました。
 そして、その感動のあまりこのことについて書こうと思い、事実関係の確認のためネットで検索したところ……なんと、ガガーリンの言葉には諸説あって、曰く、「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」、「空は非常に暗かったが、地球は薄青色だった」など、いろいろあり、いずれにしても、「地球は青かった」というのは、彼のそのままの言葉ではないらしいという事が判明したのです。

 以上、「世の中には知らない方が良いこともある」というお話でした。

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2006年6月 3日 (土)

日本人よ、セックスを見直せ

 05年の日本の合計特殊出生率が1.25で、過去最低だった昨年の1.29をさらに下回ったというニュースが先日報じられました。

 少子化問題については前々からいろいろ議論されていますが、僕もテレビで現役の政治家さんたちが口角沫を飛ばしているのを何度か見たことがあります。
 しかし、その度に違和感を感じました。彼らの議論にはいつも根本的な部分が抜けているのです。
 そう、セックスについてです。
 少子化対策の議論になると、誰もが育児環境の整備や国による支援などについて意見を述べますが、誰もセックスについて触れようとはしないのです。
 しかし、これは考えてみるとおかしな話ですよね。
 どんなに育児環境を整備して国による支援を充実させても、セックスをしなければ子どもは生まれてこないのです。
 確かに育児環境の整備も国による支援も、必要です。それらがきちんとしてないと、子どもを産んで育てようにも、不安で仕方ないでしょう。
 でも、セックスについて全く議論しないというのは、ナンセンスです。
 ある統計によると、国別の年間のセックスの回数の平均では、日本が最も回数が少ないそうです。
 日本人にはもっと充実したセックスライフが必要なのです。

 考えてみると、現代はセックスの他にも、いろいろと楽しいものが多すぎるのではないでしょうか。テレビでは深夜まで様々な番組をやっていて、あの手この手で人々の興味を惹こうとしています。あるいは、ファミコン世代が大人になった今でも夜遅くまでゲームをしていたり、パソコンがすっかり普及したことによりインターネットのコンテンツもますます充実し、多くの人々をネットの世界に引き込んでいたりします。
 それらを頭から否定するわけではありませんが、それらに時間を割くことによって、パートナーとセックスをする回数が減ったというのは事実だと思います。

 それから、セックスを単なる娯楽の1つと考える風潮も良くありません。今の世の中にはセックスに関する情報がありとあらゆる場所に氾濫していて、その多くが肉体的な快楽の追求に関するものです。
 それ故か、セックスが「卑しい行為」であるとさえ考えられてしまっています。大人たちはセックスをいやらしくて、いかがわしいものと思いこみ、セックスに関する話題を必要以上にタブー視して、できるかぎり子どもたちをその話題、知識から遠ざけようとしています。
 でも、それは違うと僕は思います。
 男の立場から、あえて下世話なことを書かせてもらいますと、僕はパートナーと繋がれるということに深く感動します。女性が男性を受け入れてくれるということは、非常に大切なことなのです。なぜなら、それは生物的存在としての自分を無条件に受け入れてくれるということであり、生命の営みとして最も尊いものであると感じるからです。
 だから僕はセックスという行為に肉体的な快楽以上に、精神的な歓びを感じます。パートナーと肌が触れあうことによって愛情が通い合うということが、セックスにおける最も重要なことなのだと僕は思うのです。
 愛情のあるセックスが本当は尊いものなのだということをまずは大人たちが再認識し、そして性教育を通してそれを子どもたちに伝えなければなりません。
 現代は、高校生はおろか中学生までもが興味本位でセックスをしてしまう時代です。しかし、それは良くない。セックスとは、「とても尊いもの」なのだから、子どもが興味本位でしてはならないものなんだ……と、大人たちは責任を持ってそう教えなければならないのです。

 そのようにして日本人はセックスというものの尊さ、歓びを再認識し、パートナーとのセックスライフをより充実させるよう努力すべきなのです。そうすれば、あるいは少子化も若干是正されるかもしれません。

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2006年3月26日 (日)

カナダ大使館

jushoshiki  先日、カナダ大使館で開催されたフランス語俳句翻訳コンクールの授賞式がありました。僕は「入選」であり、「入賞」ではないので、僕自身が受賞されるわけではなかったのですが、せっかく招待されたのだし、大使館などというところに行く機会もなかなかないので、行ってみました。

 カナダ大使館地下2階の小さなホールには、50人程度の人たちが集まっていました。草門会の仲間であり、僕の大学時代のフランス語の先生でもある村松先生と合流。授賞式はまだ始まらないようなので、一緒にホールの中を見て回りました。壁際に沿って並べられた50㎝四方のガラスケースの中には、それぞれセイウチやシロクマなどの可愛い彫刻が展示されていました。カナダの国土の多くは北極圏にあるので、そういった動物がいるんですね。その他にも、セイウチのキバで作られた(?)イヌイットの遊び道具というものが展示されていましたが、どんな風に使って遊ぶのかは良くわかりませんでした。
 壁の一面には今回の入賞作品とおぼしき翻訳作品が筆で大書されたものが3つ並べて飾られてました。
 その中の1つが以下の作品です。

  パイプどこタバコどこどこパイプどこ

  trouvant la pipe
       cherchant le tabac
          cherchant la pipe

「これは僕も訳したけど、僕より上手いなあ」
 と、村松先生。確かに原句のコミカルさがよく出ていて、言葉がリズミカルに踊っているようです。

 授賞式は簡素なものでした。主催者等の挨拶、個々人への受賞、受賞作品の朗読……これだけです。
 授賞式の様子をデジタルカメラで撮影しようと司会者たちの正面へと回った時、僕はあることに気がつきました。司会者たちの後ろに先ほど村松先生と見た「筆で大書された」翻訳作品の4つめのものがあるということは、授賞式が始まった段階で気がついてはいたのですが……それはよく見ると、僕が翻訳したものでした。

  オレンジの皮子らの来て去りし跡

  pelures d'oranges
       les enfants sont venus
                    et repartis

 「入賞」ではないのが残念でしたが、数ある入賞、入選作品の中から書道家によって筆で大書された4枚のうちの1つが僕の翻訳作品であるというのは光栄でした。

 授賞式の後、ささやかなパーティー。
 といっても、料理が出るわけではなく、フルーツ味のビールとチーズだけでした。ビールは甘くて変な味でした。何種類かあったチーズも大して美味しいものではなく、中には兎小屋のようなニオイのするものもあり、それには閉口……。
 会場にいたフランス人(カナダ人はあまりいないそうでした)たちとフランス語で流暢にしゃべっている村松先生を見て、改めて偉大さを感じました。普段、連句の席では、出される句の巧みさはさることながら、ほとんどダジャレ好きのオジサンなのですが……さすがです。
 僕はというと、恐ろしいほどフランス語がわからない。ホールの片隅に飾られていたセイウチの彫刻のように、ついに一言も発することはありませんでした。我ながらダメだなぁ。
 それにしても村松先生は性格も日本人ではないようです。国籍を問わず、いろいろな人に話しかけてゆきます。その中の1人が有美(あみ)さんという女性でした。松田聖子に似た感じの美人。話しているうちに彼女は入賞者であることが分かりました。しかも、授賞式の前に見た、筆で大書された「パイプ」の句の翻訳者でした。
 せっかくなので記念撮影。有美さんと僕のそれぞれの翻訳作品の前で、彼女と一緒に写真を撮りました。撮影者は村松先生。

 その後、村松先生、有美さん、僕の3人で飲み会に行きました。有美さんはとっても楽しい人であることが判明。来月の草門会にいらしてくれるようなので、今から楽しみです。

keitenyaku

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2005年9月30日 (金)

お知らせ

詩人会議』という雑誌の11月号の投稿欄「青い窓」に、拙作『アフリカン・ビューティ』が載ることになりました。書店で雑誌を見かけましたら、是非ご覧になってみてください。

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2005年9月29日 (木)

那智さんについて

 篠見那智さんは、あヽノ会でご一緒させていただいている僕の連句仲間です。僕とは半世紀の年齢差がありますが、僕があヽノ会で連句を捌いた後に電話でいろいろとアドバイスをしていただくなどということもあり、「那智さん」と呼ばせていただき、親しくさせていただいてます。とてもお上品で貴婦人のような那智さんの出される句は、時にロマンティックであり、時にミステリアスであり、またある時はユーモラスでもあります。

 那智さんは、あヽノ会で連句を始められたのですが、本来は「沼尻巳津子」さんという俳人です。以下、那智さんの句集『沼尻巳津子句集』(ふらんす堂)の中から三句紹介します。

  ゆくてゆくてと秋の炎上はじまりぬ

 「秋の炎上」というのは、紅葉のことですね。まさに燃え上がるような美しい紅葉を「炎上」という激しい表現を使うことによって、その深い感動をダイナミズムとともに表現しています。

  けふ我は揚羽なりしを誰も知らず

 「今日、私は揚羽蝶だった」というのは無論、全くの虚構なのですが、とてもユーモラスなこの句の向こう側に、まるでいたずらっ子の少女のように微笑む那智さんがいるような感じがあり、面白いです。

  夕焼くる大和よ恋も死もあまた

 小高い丘から街を鳥瞰しているのでしょうか。この国には多くの人々は住んでいて、皆それぞれに恋をして、死んでゆく。そんな当たり前のことが、街を優しく包み込むような夕焼けの魔法によって、感慨深く胸に押し寄せて来たのでしょう。人間の歴史の荘厳さを感じる句です。

 今月は事情があり、あヽノ会に出席しそこねたのですが、来月は必ず出席して那智さんと一緒に連句を巻きたいものです。

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2005年9月16日 (金)

フランス語と日本語のつながり

 フランス語と日本語は、まったく関係のない言語のように思えますが、最近、山並陞一氏の著作『語源でわかった! 英単語記憶術』(文春新書)を読み、面白い事実を知りました。

 「臓器提供者」のことを英語でdonor(ドナー)といいますね。これはフランス語のdonner(ドネ=与える)と語源を同じくしています。これらの語源はラテン語のdonere(ドネーレ=くれてやる)に由来するそうです。さらにこの言葉は、印欧語のdo(ド=くれてやる)にまでさかのぼれます。この印欧語のdoがサンスクリット語に入ると、dan(ダン)になります。このサンスクリット語が日本語に入ってきて、「お寺にお布施をする(お金を<くれてやる>)人」を「檀家(ダンカ)」といい、「衣食住を<くれてやる>人」のことを「旦那(ダンナ)」というのだそうです。

 フランス語と日本語は、遥か昔の印欧語で、わずかにつながりを持っていたのですね。

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2005年8月13日 (土)

英語のデザイン

 Tシャツやバッグに英語をあしらったデザインは相変わらず多い。

 しかし、よく注意しないと、なかにはとんでもないことを書いてあるものもある。

 先日、電車の中でパンク風の格好をしている少年を見かけた。かれの持っていた毒々しいデザインの黒いリュックサックには、英語でこう書かれていた。

 SATANISM

 「悪魔崇拝」という意味である。いくらなんでも……と思ったが、だがこの場合、かれ自身も承知の上なのだろうと納得できた。

 しかし、今日電車の中で見かけた親子の例には閉口せざるを得なかった。5歳くらいの男の子が着ていた紺色のTシャツには大きな黄色いアルファベットで、

 FBI

 と書かれていた。最初、デザインの点からいっても、これはアメリカ映画などでおなじみの「連邦捜査局(the Federal Bureau of Investigation)」のことかと思った。しかし、次の瞬間、目を疑った。「FBI」の文字の下に、小さな黄色いアルファベットでこう書かれていたのである。

 FEMALE BODY INSPECTOR

 日本語に訳すと、「女体調査官」である。英語の意味を知らずに着せているのだろう。

 このような例があるので、英語をあしらったTシャツなどを買う時、その意味がわからない場合は、辞書を引くことをお勧めしたい。

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2005年7月18日 (月)

一人海

 なんとなく一人で海に行ってみたくなって、行ってきました。以下、その時の様子を短歌をまじえながら素描します。

4:30 a.m. 起床

 母親が起きていた。この頃早くに目が覚めるらしい。

 洗面、着替えなどをする。

4:50 a.m. 自転車で自宅を出発

 駅の近くのコンビニで朝食と新聞を買う。

  伊右衛門(250ml)   84

  おにぎり(とり五目) ¥100

  おにぎり(ツナマヨネーズ) ¥100

  読売新聞       ¥130

5:22 a.m. 京成の始発に乗る(成田空港行き)

  青砥→津田沼→千葉  ¥470

 始発はガラガラに空いているのかと思っていたら、意外と人が乗っていて、ちょっとびっくりした。おにぎりを始発の電車の中で食べようと思っていたが、結構人がいるので、食べていいものかどうか……。

 結局、食べた。

始発にてお茶とおにぎり食べゐれば向かいのばあちゃん缶コーヒー飲む

6:20 a.m. 千葉到着

 早くも海の匂いがする気がした。むろん、気のせい。

6:25 a.m. 外房線の安房鴨川行きに乗る

  千葉→大網      ¥400

 電車に乗ると、座席が箱形だった。旅っぽくていいとほくそ笑む。

 電車が出発すると、たちまち緑の多い景色が広がる。

窓外に過ぎゆく森を眺めれば心は徐々に高まってゆく

6:55 a.m. 大網到着

 ターミナルに停まっていたバスに乗り込んだ。

 運転手さんが話しかけてきた。

「白里海岸まで行くの?」

「ええ、そうです」

710分出発だよ」

 出発まで乗ったまま待ってようかと思ったが、10分ほど時間があったので、飲み物を買ってくることにした。

 駅のガード下のデイリーヤマザキでコーラを買った。あまり冷えてなかった。

  コーラ(500ml)   ¥147

7:10 a.m. バス出発(サンライズ九十九里行き)

ぬるきコーラ飲みて最後尾に座せば乗客一人のバスは旅立つ

 海までの途中、もう一首くらい詠もうとしたが、ワクワクしてきてそれどころではなかった。

  大網駅→白里海岸   ¥500

7:45 a.m. 白里海岸到着

shirasato

 海だ。想像していたのより青くない。静かな海が見たかったのだが、シーズン中なので、やはり結構人がいた。でも、そんなことは感動とはまったく関係がなかった。遙か遠くまで、ただ水ばかりがある。地球の端っこが見えた。

 波打際を散歩していると、冷たい海水が気持ち良かった。

海も空も砂浜も白き海岸に着けば朝から人の賑わう

波打際に拾いし貝を洗いをれば短パンの裾たちまちに濡れ

波打際にたゆたう波を見つめれば洗われている白き太陽

 冷たい水に足を洗いながら散歩していると、段々、海に入って泳がないともったいないような気がしてきた。

 しかし、海を眺めるだけの予定だったので、水着がない。あきらめた。

 時間が経つにつれ、人が増えてくる。海岸自体が「営業時間」になったらしく、かなり大きな音でラジオが流れ始めた。

 今度は水着を持ってこよう、と思い、海をあとにした。

9:10 a.m. バス停

 バスが来るのは925分。しばし待つが、暑い。

 日陰でバスを待つことにした。電柱のそばにコガネムシの死骸が転がっていた。

炎天を避けて日陰にバス待てば電柱のもと虫の絶命

 待てどもバスは来ない。

 そのうちに、進行方向の交差点を「大網駅行き」のバスが通りすぎる。

 あっ、と思い、もう一度、時刻表を確認した。時刻表は2つ並んでいた。僕が見た方の時刻表の上に、こう書いてあった。

 「大網駅行きは停車場①から乗車」

 つまり、待つバス停が違ったのだ。

 あわてて追いかけるが、バスはもはや遙か彼方。仕方がないから、2つ先のバス停まで歩いて、そこでバスを待つことにした。

9:56 a.m. 大網駅行きのバスに乗る

 こうして僕は白里海岸をあとにした。また来たいな、と思った。

白里の海岸で得たものそれは腕の日焼けと貝と微笑み

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2005年5月24日 (火)

「三姉弟妹」という表記について

 『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』の新聞広告で、最初に、

  三姉弟妹

 という表現を見た時、果たしてこれは「サンキョウダイ」と読むのか、「サンシマイ」と読むのか、もしくは「サンシダイマイ」なのかと、大いに悩みました。

 でもすぐに、これは別段声に出して読む必要ないのだ、という結論に達しました。全くの造語ですが、見て、意味がわかればいいのです。これは漢字だからこそできる便利な表現なんですね。

 たとえば、同じことを英語で表現しようとすると、3人の中に男の子が1人いるので、

  3 brothers

 とでも表現すると思うのですが、しかし、これだと3人のうち2人が女の子であるということがわかりませんね。女の子はゼロ、という感じさえします。

 それではあまりに不公平だということで、あるいは、

  3 children

 という表現をするかもしれません。しかし、これでも、男の子の数、女の子の数がはっきりしません。それどころか、血のつながりさえ不明瞭なものとなってしまっています。

 それに比べると、

  三姉弟妹

 という漢字による表現は、血のつながりがはっきりしていて、なおかつ、「1番上が女の子、2番目が男の子、末っ子が女の子」という、構成までもが明瞭となってますね。

 これが漢字という文字の便利なところなのです。たとえばアルファベットなどの文字は、1文字が「音だけを表す」ので、「表音文字」といいます。それに対して、漢字は1文字ずつに意味があります。「意味を表す」ので、「表意文字」といいます。表意文字である漢字は、たとえ発音できなくても、見た目で意味が判断できるんですね。つまり、「三姉弟妹」というのは、漢字の表音性を活かした非常に便利な表現なのです。

 漢字って素晴らしいですね。

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2005年5月15日 (日)

「ライオン」と「虎」

 フランス語の≪cœur≫という単語は「心臓、心」という意味ですが、今日勉強中に改めて辞書を引いてみたところ、次の2つの熟語が目を引きました。

  le cœur de lion

  le cœur de tigre

 文字通りに訳せば、前者は「ライオンの心臓」、後者は「虎の心臓」という意味ですが、熟語としての意味は、前者が「勇猛な心」、後者は「残忍な心」という意味でした。

 前者については、そういえば英語にも、

  lionhearted  勇猛な

 ということばがあったということを思い出しました。確か、イングランドにかつて「獅子心王」という異名を持つ「リチャード」なる王がいたような……。

 うろ覚えなので、広辞苑を引いてみました。

リチャード【Richard】(11571199

(一世)イングランド王。第3回十字軍(11891192)その他に出征、勇敢・寛容で、中世騎士の典型としてトルバドゥールの称賛を博した。異称、獅子心王。(在位11891199

 なるほど。しかし、「トルバドゥール」とは何でしょうか?

 再び、広辞苑。

トルバドゥール【troubadours フランス】

中世(1113世紀)フランス南部のオック語で宮廷風の優雅な作品をつくった詩人兼楽人の総称。王侯貴族のほか、その庇護のもとに活躍した吟遊詩人まで含まれる。北部のトルヴェールに当たる。

 思わぬところでフランスとつながりました。つまり、フランス語と英語では、少なくとも800年前には「ライオン=勇猛」というイメージを共有していたことになります。もっとも、このイメージは神話に基づいている可能性が高いと思われるので、それより遥か以前からヨーロッパで共通のイメージなのかもしれませんが、浅学なので、そこのところはよくわかりません。

 次に、「虎」についてですが、英語にも、

  tigerish  残忍な

 ということばがあります。やはり、虎の方がイメージが良くないようですね。かの有名なミュージカルが『タイガー・キング』ではなく『ライオン・キング』なのもそのためでしょうか。

 となると、日本で売れている魔法瓶「タイガー」も、欧米で売る際には「ライオン」に改名した方がよく売れるかもしれませんね。日本国内で「ライオン」にしてしまうと、ハブラシと間違えられてしまうかもしれませんが……。

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2005年5月13日 (金)

新聞広告

 彼は見知らぬ人ながら私の兄弟です

 これは私が一面識もない人についての話です。しかし私はその人について何もかも知っています。

 彼はもはやこの世にありません。彼は、見たらビックリするに違いない、すばらしい、磨き上げた大理石の墓の下に横たわっています。人々は全国津々浦々からやって来て、この前に立ち、真剣なまなざしで、自分が一度も会ったことのない、この人の死を心から悼んで頭を垂れます。

 彼は亡くなる時に軍服を着ていたことから、人は彼を無名戦士と呼びます。私は彼が立派な軍人だったろうと思います、戦うことは決して彼の本職ではなかったのですが。彼から聞いたわけではありませんが、彼は平和の人だったに違いありません。

 彼はダコタ州の農場に生まれました。……それともペンシルヴェニアの鉱夫小屋、ブロンクスの借家、テキサスの牧舎、パーク街の二層アパートだったでしょうか? そこのところは私にはよくわかりません、ここに帽子を手に、見知らぬ人の墓の前に、敬虔な気持ちで立っているこの私には。

 彼は詩人だったのでしょうか、それとも帳簿係り、トラック運転手、外科医、樵夫、メッセンジャー・ボーイ、あるいは学生だったのでしょうか? 弾が飛んで来た時、彼は冗談を言っていたのでしょうか、軍曹殿に悪態をついていたのでしょうか、それとも家族に手紙を書いていたのでしょうか?

 私にはわかりません。なぜなら、わが軍の無名の戦死者全員の中からこの人が選ばれた時、彼はすでに蓋を閉じたひつぎの中に横たわっていて、その名は神のみ御存知だったからです。

 しかし彼が名誉と尊敬に値する人だということは、私にもよくわかっています。彼が誰であったにせよ、私と同じように、人間の平等、互いに公正な生き方をしようとする人間の約束、人間の義務を信じていたに違いないからです。

 そしてそれが、私がここに、私の兄弟、私の父、私の息子、私の同胞、私の友人である、この見知らぬ墓の人の前に、帽子を手に、敬虔な気持ちで立っている理由なのです。

             マサチューセッツ州ボストン市

              ジョン・ハンコック生命保険相互会社

 この文章は、1950年にワシントンで第二次世界大戦無名戦士の墓が除幕された際に、ボストンの主要各紙や全国的な雑誌に掲載された広告だそうです。読んで、とても感動したので載せました。

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2005年5月 7日 (土)

老婦人がくれた20ドル

 大学の頃、「短期留学プログラム」というのがあって、3週間ほどシアトルに滞在した。「留学」とは名ばかりで、向こうの大学の教室を借りて、先生はアメリカ人だったが、日本人だけで勉強をしていた。

 学生たちはそれぞれ別々の家にホームステイをしていたのだが、僕は運悪く、おかしなホストファミリーに当たってしまった。どうやら商売でホームステイをしているらしく、その家庭の父親が仕事をしているらしい様子は全くなかった。しかも、フィリピン人の家族で、家族同士で話すときはいつもタガログ語。食事はいつも別々で、僕は3週間のうち、ついにその家族と一緒に食事をしたことがなかった。まるで厄介者のように扱われて、こちらと積極的に交流をしようという気はまるでないようだった。それどころか、他の家庭にホームステイしている学生たちは、週末になるとホストファミリーにいろいろな場所に連れて行ってもらったという話をしていたのだが、僕のホストファミリーは、週末になると家族だけで出かけてしまい、全くほったらかしだった。「週末は私たち出かけるから、食事はどこかで食べてきてね」とホストファミリーの母親。こちらは食事代も含めてホームステイの料金を支払っているはずなのだが……。

 シアトルに滞在して最初の週末、ホストファミリーに蒸発された僕は、仕方がないので、一人でダウンタウンを歩き回っていた。ホストファミリーとの交流はともかく、僕にとって初めての海外体験だったので、何もかも新鮮で、街を歩いているだけでも楽しかった。

 楽しさのあまり、つい時を忘れた。まだ夜の7時にもなっていなかったのだが、週末だったためか、僕がホームステイ先に帰るための唯一の交通機関として記憶していたバスの最終便を逃してしまったのだ。僕は、困った。まだシアトルに来たばかりだった僕は、他にどういう帰宅手段があるのかを全く知らなかったのだ。

 とはいえ、帰らないわけにもいかない。僕はだれかに道を尋ねなければならなかった。どうせ尋ねるのなら、むやみやたらに尋ねずに、ちゃんと答えてくれそうな人にしようと思った。見わたすと、おあつらえむきというべきか、これがWASPかというような上品な感じの白髪の老婦人と、その夫であろう、老紳士がいた。僕は老婦人に道を尋ねた。しかし彼女はとても気の毒そうな顔を僕に向け、「ごめんなさい、私たちも旅行者なの」と言った。僕が戸惑っていると、老婦人は僕の拙い英語力をよほど心配してくれたのか、「いいわ、私が別の人に聞いてあげるから、待ってて」と言った。彼女は近くに停車していたタクシーの運転手に話しかけた。彼女が、僕の渡した住所のメモをタクシーの運転手に見せてバスはないかと問うと、運転手は「どのバスに乗れば良いかは知らないが、車での行き方は知っている」と答えた。タクシーの運転手としては当然の答え方だろう。老婦人は、タクシーを勧めた。しかし、僕はあまりお金を持っていなかった。むろん、タクシーに乗るくらいのお金は持っていたのだが、僕は「短期留学プログラム」に参加する上で、必要最低限ほどの所持金しか持っていなかった。3週間ある日程のうち、まだ数日目だったので、余分な出費は避けたかったのだ。「お金がないので、バスで帰りたい」と僕は正直に言った。老婦人は再度タクシーの運転手にバスの乗り方を聞いたが、運転手はもちろん先ほどと同じことを言った。僕があきらめて、「別の人に聞いてみます」と言いかけたそのとき、老婦人がやにわに僕の方を向き、「タクシーで帰った方がいいわ。これをあげるから、タクシーで帰りなさい」と言い、財布から20ドルを出して、僕に手渡した。突然のことに、僕はことばが出ずにいると、老婦人は「気にしなくていいのよ」と、とても素敵な笑顔で言ってくれた。シアトルに来て初めて出会った最高の笑顔だった。僕は心からお礼を言って、タクシーに乗った。

 車が発車すると運転手に「君はラッキーだな」と言われた。「僕もそう思います」と答えた。

 ほどなくホームステイ先に着いた。運賃はちょうど20ドルほどだった。チップの相場など分からなかったが、運賃のおつりの中から1ドルを僕は運転手に渡した。

 ともかく無事に帰り着いてほっとした。そこで初めて僕は老婦人の名前さえ聞いていなかったことに気がついた。

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2005年4月20日 (水)

トイレの水?!

 今日、フランス語を勉強していたら、

  l’eau de toilette

 ということばが出てきました。≪eau≫は「水」、≪toilette≫は「トイレ」という意味なので、最初、「トイレの水」かと思ったのですが……正解は「化粧水」のことでした。

 さっそく辞書を調べてみると、フランス語で「トイレ」と言うときには、≪toilettes≫と複数形を使うのが普通で、単数形の≪toilette≫には、「おしゃれ」「見づくろい」という意味があるそうでした。

 いくつか例文を紹介します。

  Il aime la toilette.

 「彼はトイレが好きだ」ではなく、

  彼はおしゃれである。

 という意味です。

  Ils parlent toilette.

 「彼らはトイレの話をしている」ではなく、

  彼らはおしゃれ(ファッション)の話をしている。

 という意味です。

  Elle est en grande toilette.

 「彼女は大きなトイレの中にいる」ではなく、

  彼女は(普段より)おしゃれをしている。

 という意味です。

 決して、「トイレ」と訳さないようにご注意ください。

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2005年4月19日 (火)

「春の錦」by素性法師

 平成17年4月18日付の産経新聞の「古今点景」というコーナーに、次のような和歌が載ってました。

見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける

                        素性法師

                   (古今和歌集五六)

 小高い丘から見た春の京は、まるで桜や柳が「春の錦」を織りなしているかのようだ、と素性法師は、都の春の景色の美しさを素直に詠んでいて、作者の感動が伝わってくる名歌だと思います。

 というわけで、さっそく今度の連句会で、この歌を踏まえて作った句を出しちゃいましょうか。

  見わたせば春の錦ぞ花の京

 こんな感じでしょうか。

 ただ、問題なのは、「ぞ」という切字が入ってしまってることですね。

 切字を使えるのは発句だけなので、このままでは、花の座では使えません。

  見わたせば春の錦の花の京

 とすれば、大丈夫ですが……やはり、素性法師の和歌は、「ぞ」という強調がポイントなのだと思います。

 「の」では、ちょっと冷静すぎますね。

 作句とは難しいものです。

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