2006年6月 4日 (日)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~最終回

 いん石が再び動き出すのを確認すると同時に、チェンは手に持っていたストップ・ウォッチを止めました。
「ジャスト二十秒! やってくれたぜ!」
 チェンの計算では、地球の自転から取り残されたいん石は、これで落下地点を変え、エスト湖に落ちる予定になっています。
 一瞬にして地表に近づいたいん石は、いよいよその巨大さを誇示し、ついにあたりはいん石のつくりだす影で薄暗くなってしまいました。真っ暗にならなかったのは、いん石自体が燃えているので、その炎によってあたりが照らされているためでした。
 燃えさかるいん石の表面が、空一面を覆いました。経験したことのない暴風が、森の木々を一瞬にしてなぎ倒します。
「今だ!」
 チェンが叫ぶと同時に、
「湖よゴムになれ! イル・フェ・ボー!」
 ブランは全魔法力を込めて杖をふりました。
青い光が水面を覆うと、湖は瞬時に巨大なゴムのかたまりとなりました。
 その中心に、巨大いん石が突き刺さります。
 ものすごい衝撃と轟音が、周囲に走りました。もしも穴を掘って隠れていなかったら、タロウたちはみな、爆風でバラバラに吹き飛んでいたでしょう。
 いん石は、ぶ厚い「湖のゴム」を突き破ろうとするように、深く深く突き刺さり、その勢いは少しも衰えませんでした。
 タロウたちは、確かにいん石の「重圧」を感じていました。
 いん石の圧倒的なほど強大な破壊力が勝つか、命を賭けて故郷を守ろうとするかれらの強い「心のチカラ」が勝つか……。
「守ってやる!」
 ボブは湖面に突き刺さるいん石をにらみつけながら、強く祈りました。
「パパ……ママ……!」
 キャスはモンド村でずっと一緒に暮らしてきた家族と、村民たちのことを想い、強く祈りました。
「はね返せ!」
 チェンは、自分を信じて一緒に戦ってくれている仲間たちの未来のために、強く祈りました。
 しかし、ブランに限界が近づいています。
 魔法力の使いすぎで、すでに息はぜえぜえと荒くなり、目がかすれて、今にも見えなくなってしまいそうでした。
 湖のゴムが、次第にきしみ始めます。
 そして、ついにブランの魔法がとけてしまいました。
 ゴムの湖が、ただの湖に戻ります。
 しかし次の瞬間、
「いん石よ、シャボン玉になれ!」
 タロウが強く叫びました。
「イル・フェ・ボー!」
 ブランが、最後の力をふりしぼって杖を振ります。
 巨大な湖のゴムを突き破って、あたり一面を破壊しつくそうとしていた巨大いん石は、一瞬にして巨大なシャボン玉になってしまいました。
 太陽の光にてらされて七色に光る巨大なシャボン玉の美しさに、みんな我を忘れて見入りました。
 しかしその巨大なシャボン玉は、すぐに、
 バチン
 と、大きな音をたて、湖の上ではじけてしまいました。
 膨大な量の石けん水が湖に降り注ぐと、あっという間に洪水が起こり、あたりは水浸しになってしまいました。しかし、幸い、タロウたちのいる湖岸は、湖の周辺の他の場所よりも高い位置にあったので、かれらは洪水に飲み込まれずにすみました。
 そこまで見届け終えると、みんな一斉に、今まで止めていた息を吐き出して、穴の中へと倒れ込みました。
「ああ、しんどかった……!」
 ボブは、もう動けない、といった風に目を閉じました。
「パパ……ママ……」
 キャスは泣きながら笑っています。
「やれやれ……オレは頭が固かったかな?」
 チェンは空を見上げたまま、あきれたようにつぶやきました。
「やった……!」
 タロウは空を抱きしめるようにして、笑顔で両腕を広げました。
 疲労のあまり、全員がすぐに眠ってしまいました。
 ブランは魔法力の使いすぎでかすれている目で、みんなの寝顔を見ながら、モンド村もみんなも無事であることを喜び、微笑みました。
「そういえば、ノワールとグリ先生はどうしたんだろう?」
 あたりを見回しました。
「オレたちなら無事だぜ」
 声は、空からでした。そこにはグリ先生を背負ったノワールが、いつもよりふらふらとして頼りない感じでしたが、辛うじて浮かんでいました。
 いん石を止めた後、気を失って落下していった二人ですが、地面に激突する寸前に意識を取り戻したノワールが、最後の力をふりしぼって、再び飛翔したのです。
 ゆらゆらと着地すると、ノワールは背中で眠っているグリ先生をそっと地面におろします。
 そして崩れ落ちるようにして、自分も仰向けに地面へと倒れました。
「勝ったよ、ノワール!」
 ブランは、友と喜びを分かちあおうとして、微笑みました。
 しかし、ノワールは疲れ切った表情で言いました。
「ああ、確かに勝った……。でもな、オレたち魔法使いにはまだ仕事が残ってるんだぜ」
 言われてすぐに、ブランは気がつきました。
 ブランは、お魚さんたちを救出するためにことごとく水槽にしてしまった大きな建物を、もとに戻さなくてはいけませんでした。ノワールとグリ先生は、水槽の中のお魚さんたちを全て湖へ帰してあげなくてはいけません。
 それに何よりもまず、シャボン液で泡だらけになっている湖をきれいな水へと戻してあげる必要がありました。
 全部終わるには、丸一日以上かかりそうでした。
「ウエ~」
 うんざりした声を上げると、ブランはその場に倒れ込んで、寝込んでしまいました。

       -おわり-

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2006年5月29日 (月)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第10回

 とても風が強い朝でした。いん石がとうとう大気圏に突入したため、もうその影響が出ているのです。
 サッカーボールほどの大きさになっているいん石は、もはや太陽の光の中でさえ、その輝きを失うことはなく、人々の頭上を不安と混乱でおさえつけているようでした。
 タロウたちは、ブランたちが「お魚さん救出大作戦」を決行している間にエスト湖の湖岸にみんなで掘っておいた大きな穴の中に潜んでいました。そこは、いん石を迎え撃つための前線基地でした。
 ブランは先ほどからずっと上空のいん石を見つめていましたが、やがてゆっくりとタロウたちの方へと振り返りました。
「いいかい、みんな。魔法は『心のチカラ』なんだ。みんな、ぼくにチカラを貸してくれ。みんなの強い心が一つになれば、きっといん石をはね返すことができるから」
 全員、ブランの目を見てうなづきました。

 そのころ、ノワールとグリ先生は、落下してくるいん石をめざして、はるか上空にいました。いん石に魔法をかけるため、ノワールがグリ先生を背中に乗せて、空を飛んでいるのです。
 いん石に近づけば近づくほど風は荒れ、空気との摩擦熱によって燃えさかるいん石の熱気で、まるでオーブントースターの中にいるような暑さになっています。
「先生、これ以上近づくのは無理だ」
 ノワールは唇をかみしめながら言いました。事実、荒れ狂う風と熱気の中で、ノワールは今にも魔法の制御を失って、墜落しそうな状態でした。
「やむをえんじゃろう」
 グリ先生は、じっといん石を見据えました。
「ここから魔法をかける」
 ノワールとグリ先生のいる位置からいん石までは、まだ百メートルほどありそうでした。
 ノワールは不安そうな表情でグリ先生の顔をうかがいました。なぜなら、魔法使いとしてはまだ若いノワールは、今までこんなに遠くから魔法をかけたことがなかったからです。
 しかし、グリ先生は、
「ここからいん石を止める」
 と、言い放ちました。
 グリ先生は目を閉じると、ゆっくりと、大きくひとつ呼吸をしました。
 そして一気に目を見開くと、
「ケル・ベル・ファム!」
 全魔法力を込め、いん石に向かって思い切り杖をふりました。
 強大な魔法力が、ピンク色の光の帯となって一直線に空を駆け、一瞬のうちにいん石を包み込みました。
 まるでビデオを一時停止したみたいに、いん石は音もなくその場に止まりました。いん石を包む炎さえ、少しも揺らめくことなく、同じ形のまま固まっています。
(1、2、3、4……)
 グリ先生は心の中で数をかぞえ始めました。「作戦」では、小学校の校庭の十倍くらいはありそうな、あの巨大ないん石を、二十秒も止めなくはいけないのです。
(7、8、9、10……)
 想像を絶するほどの疲労が、グリ先生に襲いかかってきます。短い時間の中でこれほど大量の魔法力を持続的に使うのは、千年以上の人生の中でも初めてでした。
(13、14、15……)
 グリ先生の呼吸が、ぜえぜえと荒くなってきました。極度の疲労感は、もはや苦痛へと変わっていました。
「先生! 頑張ってくれ! あと少しだ! オレの『心のチカラ』も送るから!」
 暴風と熱気の中で飛行を安定させるだけでも精一杯のノワールは、何のためらいもなく「セ・サンパ」の魔法を解除しました。グリ先生に「心のチカラ」を送ることだけに専念するためです。ノワールとグリ先生は急速に落下しはじめました。地上の構造物が見る見るうちに大きくなってゆく中、かれは先生のために強く祈りました。
(18、19、20!)
 グリ先生は、とうとう巨大いん石を二十秒間止めることに成功しました。
 限界を超える魔法力を使ったグリ先生とノワールは、同時に意識を失ってしまいました。
 それぞれの役目を果たした二人は、重力にまかせるままに大地へと落下していきました。

       -つづく-

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2006年5月25日 (木)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第9回

 ボブは、かれにとってはやや窮屈な子供用寝袋の中で、その夜何十回目かの寝返りを打ちました。寝袋のせいか、慣れない場所で寝るせいか、どうしても寝場所が落ち着きません。
「眠れないのかい?」
 ボブにそう声をかけたのは、隣で、やはり彼女にとっては窮屈な寝袋にくるまって寝ていたボブのママでした。
 ボブは何も答えませんでした。
 しかし、ボブのママは聞いているのかいないのかわからない息子に対して、さらに話し続けます。
「そりゃあそうだろうねえ。明日の朝には、あんたの生まれ育ったモンドの村が跡形もなく消えちまうってんだからねえ。世の中、何が起こるかわからないもんだよ」
(モンド村が消える?)
 ボブは心の中でくり返しました。
(そんなことはさせない。モンド村はオレたちみんなの村だ。いん石だろうが何だろうが、だれにも破壊させない)
 ボブは寝袋の中で拳をぎゅっと握りました。
「守ってみせる」
 気がつくと、そう声に出していました。
「え? 何だい? 何て言ったんだい?」
 ボブのママは、何度も問い返してきます。
 ボブは思わずママに背を向けて、ごろん、と転がりました。
「な、なんでもねえよ! 早く寝ろよ!」
 ボブは寝袋の中の温度が、少し高くなってくるのを感じていました。

 キャスの一家は全員、まだ起きていました。
「今夜は眠れないだろう。だからみんなで好きなだけおしゃべりをしよう。どうせ明日も明後日も、会社や学校は休みなんだから」
 キャスのパパはそう言うと、キャスとキャスの弟とそれからママに、自分が生まれてからずっと住み続けてきたモンド村での思い出話を熱心に話し続けました。話は後から後から続いて、一晩中とぎれることはありませんでした。
(一番眠れないのはパパなんだわ)
 キャスはそう思いました。

 学校のうら山の芝生の上で、チェンは両手のひらをまくらにして、星空を見つめていました。静まりかえった夜の空気の中で、木々のざわめきと虫の声だけが、チェンの耳の中に入ってきます。
(明日の「作戦」は本当に成功するのだろうか……?)
 何か重大な欠陥があるのではないだろうか、という思いがずっと頭から離れず、かれは眠ることができませんでした。
 直径一キロメートルもの巨大いん石をはね返すという、人類史上例のない行為を、かれらは明日実行しようとしているのです。
 失敗は許されませんでした。
(失敗したら……)
 みんな死んでしまうだろう。
 タロウ、ボブ、キャス、ブラン、ノワール……チェンの頭の中に次々と仲間たちの顔が浮かんできました。みんな、チェンに微笑みかけてきます。
(そうだ……)
 チェンは寝たままの姿勢で空中に右手を伸ばすと、夜空に輝く星をつかむようにして、強く拳を握りしめました。
(あいつらはオレの「作戦」を信じて一緒に戦ってくれるんだ。あいつらのためにも……明日の作戦は絶対に成功させてやる!)

 月明かりの差す小学校の屋上に、タロウはたたずんでいました。フェンス越しに、かれは東の方向を見つめました。そこにはかれがつい一昨日まで生活していたモンド村があるのですが、村人全員が避難したため、明かりという明かりが一つもついておらず、村全体が黒々とした影に飲み込まれていました。
 あるいは、いん石はもうすでに衝突してしまっていて、あそこには月の光の侵入さえ許さない巨大な穴が開いているだけなのかもしれない。
 そんな風に思わせる光景でした。
(消滅させるものか……)
 そんな思いが、タロウの胸一杯にこみ上げてきました。
「眠れないのね」
 不意に背後から女性の声がしました。
 タロウのママでした。
 屋上は「立入禁止」になっているはずでした。普段は信号を無視することさえ許さないママが、自分でルールを破って屋上に来るなんて……。
(ぼくをしかりに来たのだろうか?)
 一瞬、そんな考えが頭をよぎりました。
「明日、ブランちゃんたちと『何か』をするのね? いん石を止めるための『何か』を」
「…………」
 タロウは明日の作戦について、他のみんなと同じように、家族には何も言っていませんでした。
 しかし、ママは気づいていたのです。自分の息子とその仲間たちが、命をかけても自分たちの村を守ろうとしてることを。
 タロウのママは、悲しそうな目はしていませんでした。タロウや仲間たちと同じ、「何かを決意した者の目」をしています。
「ママは何も言わないわ。だって、あなたは男の子だものね」
 ママはタロウにほほえみかけながらかれを引き寄せ、抱きしめました。
「小学生の息子が危険なことをしようとしているのに、こんなことを言う母親はいないかもしれないけど……」
 ママはいっそう強くタロウを抱きしめます。
「頑張って。私はあなたを信じてるから」
 そう言うと、ママは避難所へと帰っていきました。
 ママから胸一杯の勇気をもらったタロウは、空をにらみました。皓々たる月の隣に、それよりも少し小さく、しかし月をあざ笑うかのように強い輝きを放っている星があります。それは明日、村へと落ちてくるいん石です。
(絶対にはね返してやる!)
 決意を胸に、タロウもまた避難所へと戻りました。
 避難所では、タロウの妹と、先に帰ったママがすでに寝息を立てていました。
 ママのほおに涙の跡があることに、タロウは気がつきませんでした。

       -つづく-

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2006年5月21日 (日)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第8回

 翌日、村人全員が避難して無人となっているモンド村で、「お魚さん救出大作戦」が決行されました。
 まずはブランが、村で一番大きな建物「総合体育館」の屋根を魔法で「巨大な投網」にします。
 その投網を今度はノワールが魔法でふわふわとエスト湖まで持って行き、湖の中の魚たちを一気にすくい上げます。
 すくい上げられた魚たちは、すぐにグリ先生の魔法で時間を止められます。モンド村まで運ばれる間に窒息死することを防ぐためです。
 ノワールがお魚さんたちでいっぱいになった網をモンド村まで運ぶと、そこではブランが「総合体育館」を巨大な水槽にして待っていました。水槽の中にはたっぷりと水が満ちています。ブランが建物の中の壁も柱も床も、中にあった全てのものを魔法で全部すっかり水に変えてしまったのです。
 ノワールがその巨大な水槽の中にお魚さんたちを入れると、ノワールの背中に乗っているグリ先生が魔法を解除します。お魚さんたちは、何事もなかったかのように生き生きと動き出しました。
 休む間もなく、ノワールとグリ先生はカラの投網を操って、再び次のお魚さんたちを救出すべく、エスト湖へと戻っていきました。
 こういった作業が、一日中続きました。
 巨大なエスト湖の魚たちを全部移すには、「総合体育館」を水槽にしただけではとても足りず、ブランは小学校、中学校、高校の校舎や体育館など、村中の大きな建物をすべて水槽に変えてしまいました。
 ノワールは「セ・サンパ」の魔法を使って、モンド村とエスト湖の間を何十回も往復しました。
 グリ先生も魔法の使いすぎでへとへとに疲れ切ってしまいました。
 ともかくも、魔法使いたちはエスト湖中の魚たちを避難させることができました。
 これでいん石を迎え撃つための準備が終了しました。明日はいよいよ巨大いん石が落下してくる日です。

 その夜、四人の子どもたちは一旦、家族のいる避難所へと帰りました。グリ先生は今晩も泊まっていくように言ったのですが、かれらは全員一致で帰ることを決めていました。
 なぜなら、かれらはみな重大な決意を胸に抱いていたからです。明日決行する作戦を失敗すれば、かれらはみな確実にこの世からいなくなってしまうでしょう。
 もしかしたら、今夜が家族との最後の夜になるかもしれない。
 そんな想いが、かれらを家族の元へと帰らせたのです。

       -つづく-

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2006年5月16日 (火)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第7回

 数分後、3人の魔法使いと4人の子どもたちは、再び居間へと集まっていました。時計の短針はすでに「2」を回っています。
 室内は張りつめた空気で満ちています。深夜にもかかわらず、全員の意識が覚醒していました。
 全員、だまってチェンの第一声を待っています。
「いん石をはね返す」
 チェンは言いました。
 予想もしていなかった発言に、みんな一瞬、かれが何を言っているのかが理解できませんでした。
「どうやっていん石をはね返すの?」
 タロウがふしぎそうな声で質問しました。
「ゴムではね返す」
「何だそれ? まさか冗談言ってるんじゃないだろうな?」
 軽蔑しているかのようなボブのセリフに、しかしチェンは動じることなく、言葉を続けます。
「エスト湖をブランの魔法で巨大なゴムの塊にする」
 チェンは、まるでジグソーパズルを一片ずつはめていくようにして話を進めていきます。
「そんな、ゴムなんかで……」
 タロウが失望したようにつぶやきますが、チェンはさらに続けます。
「ブランはいつも、魔法は意志のチカラだと言ってる。ブラン、直径1キロのいん石をはね返す巨大なゴムを作ることはできる?」
 チェンがブランの方をうかがいます。
「できる……と思う……」
 ためらいを含んだ声で答えたブランですが、
「いや、やるしかない。やる」
 と、すぐに決意の表情で言い直しました。
「でも、どうやっていん石をエスト湖に落とすの? このままだと、いん石はモンド村の中央に落ちてくるのよ?」
 今度はキャスが疑問を口にします。
「地球は自転している、って理科で習ったろ?」
 チェンは野球のボールを取り出すと、マジックで黒い点を書き込みました。
「地球全体が、こう回る……」
 言いながら、チェンは左の手のひらにのせたボールを右手でゆっくりと横に回します。
 マジックでつけた黒い点が一周しました。
「これが一日だ」
「その、自転と何の関係があるんだよ?」
 チェンの真意がつかめないボブはいらだちを覚えているようです。
 しかし、チェンはボブの問いにすぐには答えず、再びマジックのキャップを開けて、さっき書いた黒い点の隣、少し離れた位置に白い丸を書き込みました。
「この黒い点がモンドの村。こっちの白い点が、エスト湖だ」
 チェンはみんなにボールが見えるようにしながら、説明を続けます。
「もし、このまま何もしなければ……」
 と言うと、チェンはポケットからビー玉を一つ取り出して、
「いん石はモンド村に落ちる」
 ビー玉を黒い点にあてがいます。
「でも、いん石を上空で一定時間止めると、その間に地球は自転して……」
 チェンは左手の上のボールを少しだけ横に回しました。そして、
「いん石はエスト湖に落ちる」
 今度はビー玉を白い点にあてがいました。
「つまり、いん石を止めるのがワシの役目というわけじゃな」
「グリ先生を上空のいん石近くまで運ぶのが、オレの役目だ」
 グリ先生とノワールは、それぞれの自分の役割をもう理解していました。
「ふむ。一定時間いん石を止めるということじゃが……直径1キロメートルのいん石か……。ワシの魔法で止められるのは……5秒、といったところじゃが?」
「すいません。20秒止めてください。ぼくの計算では、いん石をエスト湖の中心に落とすためには、20秒間止める必要があるんです」
 さらりと言ったチェンの言葉に、老魔法使いはしばらく考え込んでしまいました。しかし、
「わかった。やってみよう。弟子たちも頑張るのじゃからな」
 と言って、グリ先生はウインクしました。
 これで会議は終了。
 と思われたのですが、最後にキャスが声を上げました。
「待って! エスト湖をゴムにしちゃったら、そこに住んでいるお魚さんたちはどうなっちゃうの?!」
 これはチェンも予想していなかった質問でした。

       -つづく-

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2006年5月11日 (木)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第6回

 その晩、みんなはグリ先生の家に泊まりました。親たちにはブランがちゃんと連絡をしておきました。夏休みや冬休みにブランやノワールと子どもたちだけで、泊まりがけの旅行に行くことは、珍しくありませんでした。かれらは立派な魔法使いとして信頼されているのです。今回は非常時ですが、それでも親たちは承諾してくれました。むしろ非常時だからこそ、子どもたちには何の不安も抱くことなく、自由に遊んできてほしい、というのが親たちの想いでした。
 みんな眠ることができませんでした。まるで「運命」という比重の重い空気が部屋中を支配し、「眠気」を追い出してしまったかのようでした。
 夜十二時を過ぎても、だれも電灯を消そうとはしませんでした。タロウとボブは壁によりかかりながら座り、床や天井を見つめていました。キャスは窓の外の星をながめ、チェンは布団の中で仰向けに寝ながら、天井を見上げています。
(何か解決策はないのだろうか……?)
 チェンは、先ほどからずっとそればかり考え続けていました。
(何かきっといい方法があるはずだ……)
「あ~! どうしてこんなことになっちゃったんだよ!」
 ボブが珍しく弱気な声を上げました。
「こんなことにさえならなければ、今年の夏休みは家族みんなでエスト湖にキャンプに行ってたのに……」
 試行錯誤に夢中で、周囲の声や物音には全く意識を払っていなかったチェンですが、それでも、ボブの悲しみの声が無意識のうちにかれの思考の中に入りこんできます。
(エスト湖?……エスト湖……)
「今度の冬休みにみんなで行きましょうよ!」
 キャスが、できるかぎり明るい声で提案しました。
「夏だけじゃないわよ、エスト湖が良いのは。今度みんなで冬のエスト湖に行きましょうよ! そう、サイクリングがいいわ。自転車でエスト湖周辺の自然の中をめぐりましょうよ!」
 今度はキャスの声が、無意識のうちにチェンの思考の中に入っていきます。
(何かいい方法はないのか……何か……? 自転車? 自転車……自転……)
 キャスは何とか明るい雰囲気を作ろうと、殊更に陽気な声で次から次へとまくしたてるようにしてしゃべっています。
 初めはすねたような表情をしていたボブも、次第に表情が穏やかになっていき、生来が楽天家のかれは、すぐに本来の明るさを取り戻しました。
 しかし、そのとなりでひざを抱えながら壁によりかかっているタロウの方は、どうしても希望を持つことができませんでした。
「もうダメなんだ……」
 床を見つめたまま、うめくようにそうつぶやきました。
「もうダメなんだよ。終わりなんだ。モンド村はもうなくなっちゃうんだよ」
「なくなっちゃったって、だれも死なないわ! もうみんな避難したもの! 村ぐらい何よ! またみんなで作ればいいじゃない!」
 自分でも驚くくらいの剣幕で、キャスは怒鳴りました。ボワザン小学校の校舎の裏で泣いてしまった彼女とは、もはや別人でした。
(多分、私がこの中で一番強い。だから、私がしっかりしなきゃいけない。みんなの心を支えてあげなきゃいけない)
 という想いが彼女の心を強く成長させていました。
「でも、ぼくの大好きな村なんだ。なくなっちゃうって知ったら、気持ちなんてはずまないよ!」
(はずまない?……はずまない……はずむ……)
 チェンの思考は、いよいよフル回転を始めます。
「もっと強くなってよ、タロウ」
 キャスは悲しげな表情でタロウを見つめました。
「そうだぜ、タロウ。村がなくなっちゃったって、オレたちはずっと一緒だ。また新しい村を作ろうぜ!」
「キャス……ボブ……」
 タロウは少し、微笑んでみました。
「そうだ!」
 唐突に、チェンが布団をけっ飛ばして立ち上がりました。
「行ける! この方法なら、何とかなる!」
 チェンはみんながそこにいることに初めて気がついたような様子で、みんなの方を向きました。
「ブランたちを呼びに行こう!」
 タロウたちは、体力一番のボブでさえ、チェンから突然あふれ出した気迫と自信に圧倒される想いでした。
 チェンは再び、全員の顔を見渡しました。
「行くぞ。作戦会議だ!」

       -つづく-

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2006年5月 7日 (日)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第5回

 ブランたちは八畳の和室で長方形のちゃぶ台を囲んでいます。グリ先生の正面には、左からボブ、タロウ、キャス、チェンの順番で4人が座っていました。そして、タロウたちから見て右側の側面にブラン、左側にノワールが座っています。
 みんな、グリ先生が昔ながらの手回し式の機械で作ってくれたかき氷を食べています。タロウ、ボブ、チェン、ノワールがメロン味、キャスとブランがイチゴ味で、グリ先生は抹茶ミルク味を堪能しています。
 ブランが、かき氷を味わうのもほどほどにして、ゆっくりといん石の話をし始めました。
 最初はかき氷をつつきながら話を聞いていたグリ先生でしたが、聞き終わる頃にはさすがにこわばった表情をしていました。
「ふむ」
 と言ったきり、グリ先生は目を閉じて考え込んでしまいました。
 だれもが沈黙して、グリ先生の次の言葉を待ちました。すでにかき氷に手をつけている人は一人もいませんでした。
 やがてグリ先生は目を開くと、
「無理じゃ」
 ため息まじりに言いました。
 みんな落胆、というよりは、びっくりしてしまいました。
「む、無理って何だよ?!」
 いきりたったボブが叫びました。
「先生ならいん石が止められるんじゃねぇのかよ!?」
「いん石自体は止められんことはないじゃろうが……正確に言うと、無駄なんじゃよ」
「無駄って、どういうことだよ!」
 ばん!
 激しくちゃぶ台をたたいて、ボブが立ち上がりました。その振動で、かれの前に置いてあったかき氷がぐらりと倒れかけます。
 次の瞬間、
「ケル・ベル・ファム!」
 グリ先生の力強い声が、室内に響きました。
 タロウたちは、あっと驚きました。
 倒れかけたかき氷の器が、まるで接着剤をつけたかのように、ちゃぶ台の上にななめのまま固定され、こぼれかけたかき氷も、宙に浮いたままぴたりと止まっているのです。
「これがグリ先生の魔法なんだ」
 と、なぜかノワールが自慢げに言いました。
 物体の「時間」を止める。それがグリ先生の魔法でした。時間を止められた物体は、すべての動きを止め、再び魔法が解除されるまで、何の変化も見せないのです。
「ボブ君、今のうちにかき氷の器を元にもどしてしまいなさい」
 と、グリ先生に言われ、ボブはななめのまま固定されているかき氷の器を手に取りました。すると、かたく固定されていると思われていた器は、意外なほどあっさりと動かすことができました。
 ボブはかき氷の器をテーブルに置き直し、こぼれかけたかき氷を、手でかき集めてそのなかに戻しました。
 グリ先生が再び「合い言葉」を唱えると、器の中ですこし宙に浮いていたかき氷が、
 サクッ
 と、音を立てて器の中に戻りました。
 まるで何事もなかったかのように、かき氷は無事でした。
「なんだよ。この魔法なら、いん石を止められるじゃんか」
 ボブはほっとしたような表情で再び腰を下ろします。
「無駄なんだよ」
 と言ったのは、グリ先生ではなく、チェンでした。
 みんながチェンの方を見ました。
「どうして? 何が無駄なんだよ?」
 少し不機嫌な表情でボブが問いますが、チェンは至極冷静に野球のボールを一つ取り出します。
「説明するより、見た方が早い」
 チェンはグリ先生の方へと向くと、
「グリ先生、ぼくがボールを壁に向かって投げるので、その動きを止めてください」
 と言いました。
 グリ先生が静かにうなずくと、チェンは壁に向かってひょいとボールを放りました。
 すかさずグリ先生が魔法を使います。
「ケル・ベル・ファム!」
 ボールは壁にぶつかる直前に、空中でぴたりと止まりました。
 全員、静かになりゆきを見守っています。
「グリ先生、魔法を解除してください」
 チェンが言うと、グリ先生はもう一度「合い言葉」を唱え、魔法を解除します。
 するとボールは何事もなかったかのように壁にぶつかり、そのまま床にころころと転がりました。
「あ……」
 みんな一様に息をもらしました。
「な、何だよ? どういうことだよ?」
 ボブだけが、よくわかっていない様子です。こういう時の説明役は、いつもタロウでした。
「つまり、いくら上空でいん石を止めても、結局はモンド村に落下するってことだよ」
(もうどうにもならないのかな?)
 タロウは、うつむいて畳を見つめました。

       -つづく-

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2006年5月 4日 (木)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第4回

 エストの森の広場では、ブランがすでに神妙な面持ちで待っていました。どうやら、魔法学校時代の同級生二人はあらかじめ相談していて、最初からノワールがタロウたちをここに連れてくることになっていたようです。
 全員が輪になって芝生の上に腰を下ろしました。魔法使い二人とタロウたちの大議論の始まりです。
 最初に発言をしたのは、ボブでした。
「ブランの魔法で、木材をミサイルにしてぶっ放すってのはどうだ?」
 得意げなボブに、しかしブランは力無く首を振ります。
「ぼくの魔法では、ミサイルみたいな複雑な機械は作れないんだ」
 次に提案をしたのは、タロウです。
「村全体をダイヤモンドに変えちゃうのはどうかな?」
 ブランが口を開くよりも先に、チェンが、
「それも無理だ。相手は核爆弾なみの破壊力を持った巨大いん石なんだ。ダイヤなんだろうが何だろうが粉々さ」
 と否定し、そのまま考え込んでしまいました。
「ノワールの魔法でどこかに飛ばしちゃえばいいんじゃない?」
 と、今度はキャス。しかし、これにはノワールがちょっとあわてました。
「オイオイ、無茶言うなよ。いくらオレの魔法だって、直径一キロもあるいん石をすっ飛ばしたりできねえって!」
 みんな一様にため息をつきました。
 タロウは失意のあまりに空を見上げました。するとそこには、真昼にもかかわらず、とても明るい光を放っている星がありました。
(月……かな?)
 最初はそう思いました。しかしそれは月よりも一回り小さいようでした。
 それが何かということに気づいた時、タロウはその場に凍りつきました。
「おい、どうしたんだ?」
 空の一点を見つめたままぴくりとも動かないタロウの様子を不審に思い、ボブが声をかけます。
「空に何かあるのか?」
 ボブがそう言うと、みんな一斉に空を見上げました。
 太陽のすぐ近くで、白い星が異様なほど力強い輝きを放っています。
 チェンの顔が見る間に真っ青になりました。
「いん石だ! もうあんなに近くに迫ってるなんて!」
「もうイヤ! だれかあれを止められる人はいないの?!」
 キャスが絶望的な悲鳴を上げた時、ブランはとっさにある人物を思い出しました。
「いる! いん石を止められる人がたった一人だけいる!」
 ノワールもすぐにその人物の存在に気がつきます。
「オレたちの先生だ!」


 「魔法使いの先生」と聞いて、タロウが真っ先に思い浮かべたのは、「山奥に住む仙人」というイメージでした。ところが、ノワールの「セ・サンパ」の魔法でタロウたちが連れてこられたのは、なんと南の島でした。目にしみるような真っ青な空、ギラギラと照りつける太陽、真っ白な砂浜と、どこまでも透き通った海……。どこからどう見ても、「山奥」の神妙さとはほど遠いものでした。
「ほら、あれだよ」
 ブランがマシュマロのような指で示した先に、一軒の小屋があります。
 それは、どこからどう見ても、「海の家」でした。軒下には、「氷」ののれんさえかかっています。
「ごめんくださーい」
 タロウは縁側から声をかけました。
 ドタドタドタッ
 騒がしい足音とともに、一人の老魔法使いが姿を現しました。
「うほーい! ひさしぶりのお客さんかのう?」
 年老いた魔法使いはキョロキョロとタロウたちを見回しました。ブランやノワールたちよりも小柄なその体は灰色で、全身しわくちゃでした。ただし、この老魔法使いの場合は、「しわの数だけ元気がある」という雰囲気で、全身から生命のエネルギーがみなぎっているようでした。
「おひさしぶりです、グリ先生」
 ブランが、老魔法使いの前に進み出ました。
「なんじゃ、ブランとノワールか。もうからん話じゃて」
 グリ先生はつまらなそうに言いました。
「で、この子どもたちは?」
「じつは先生……」
 言いかけたブランの言葉を、グリ先生がさえぎります。
「ま、事情はさておき、中でかき氷でも食べんかね?」
 グリ先生がウインクすると、子どもたちはいん石のことも忘れて、大はしゃぎで縁側に上がりました。

       -つづく-

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2006年4月29日 (土)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第3回

 タロウが家に帰って手を洗うと、真っ先に行くのは台所です。戸棚から、ヒーローの絵が入ったお気に入りのグラスを取り出し、冷蔵庫を開けます。そして牛乳を取り出して、グラスに注ぎながら、途中で一口飲み、おいしさを確認したら、なみなみとグラスに注ぎ、牛乳パックを冷蔵庫へとしまいました。
 グラスに注いだ牛乳を飲みつつリビングに行くと、パパが何やら深刻な顔をしながら、テレビをじっと見つめていました。ニュースを見ているのです。ニュースを見ている時のパパはたいてい真剣な顔をしている場合が多いのですが、今日は一段と厳しい表情をしていました。腕を組み、眉の間にしわを寄せ、口は固く閉ざされたまま、リビングに入ってきたタロウにも気づかないほどテレビのニュースにくぎづけになっています。
 テレビ画面にはモンド村の地図が大きく映し出されていました。そのちょうど真ん中辺に大きな×印がつけられています。タロウには、何がなんだかさっぱりわかりませんでした。
 タロウはパパに、
「何のニュース?」
 と聞きました。
 するとパパは、やはりタロウの存在に気がついていなかったらしく、少しびっくりした様子で振り返りました。しかし、すぐに元の深刻な表情になると、
「モンド村に巨大いん石が落ちてくるらしい」
 青ざめた顔で言いました。
「へえ~、モンド村に巨大いん石が……」
 言いながら、タロウは牛乳を口に含みますが……。
 次の瞬間、口の中の牛乳を勢いよく全部吹き出してしまいます。
「ええっ!? それじゃモンド村はどうなっちゃうの?! みんなはどうなっちゃうの?!


 翌朝から、あわただしい集団避難が始まりました。洋服、タオル、缶づめ、貴重品……人々は皆、両手いっぱいに持てるだけの荷物を持ち、田舎に親戚のある家族は、その親戚の家に、それ以外の家族はモンド村の周辺の町や村に行きました。
 タロウの家族は、隣町「ボワザン」にやって来ました。この町の小学校の体育館に避難するよう、自治体の指示があったからです。
 体育館の中は、同じように避難してきた大勢のモンド村住民でひしめき合っていました。皆、体育館内に敷かれた青いビニールシートの上の思い思いの場所に座りながら、口々に不安や恐れを語り合い、ざわめいています。
 タロウは人々の不安げな顔を見渡しているうちに、その中に見知った顔を見つけました。
 ボブでした。タロウはビニールシート上にわずかに残されている「青」の部分を踏みながら、ボブのところへかけつけました。
「ボブ!」
 呼びかけられて、ボブが振り向きます。
「なんだタロウも来てたのか。チェンもキャスも来てるぜ」


 体育館内の喧噪の中では話がしづらかったので、タロウとボブ、チェン、キャスの四人は、体育館を出て、校舎の裏へと移動しました。
「校庭に何を作っていたんだろう?」
 タロウが他の三人の誰にという風にでもなく言いました。ここに来る時に通りかかった校庭では、大勢の大工さんたちが大急ぎで何かを建てていました。棟梁らしきおじさんが、声を荒げて、いろんな方向に向かって指示を飛ばしているのが、風に乗ってここまで聞こえてきます。
「仮設住宅さ」
 答えたのは、みんなの中で一番頭の良いチェンでした。
「カセツジュウタク?」
 ボブが、わけがわからない、というような顔をしました。
「三日後には直径一キロのいん石が落ちてきて、モンド村は跡形もなく消えちゃうんだ。住む家がなくなっちゃったら、みんな困るだろ? だから、政府があちこちの空き地に急ピッチで仮設住宅を建ててるんだよ」
 全員、しばらく声を失ってしまいました。
 巨大いん石がモンド村を壊してしまう、という恐ろしい現実をあらためて実感してしまったのです。
 うつむいたまま、まるで地面に話しかけるようにして、キャスが口を開きます。
「ママがおばあちゃんの形見だって言って、パールのネックレスを持ってきてたわ。パパも先祖伝来のかけじくを大事そうにかかえてた。人間って、こういう時は一番大切な宝物を持って避難するんだな、って思ったの。でもね……」
 キャスの声が、ふるえはじめました。
「でもね……私の一番の宝物は、去年も一昨年も、その前の年も、私の誕生日にパパが私の身長を測ってつけてくれた、家の柱のキズなの。ママがクッキーの焼き方を教えてくれたキッチンなの。みんなと会えた学校も、エストの森も、みんな私の大切な宝物なのよ!」
 キャスはとうとう両手で顔を覆って泣き出してしまいました。
 タロウの心は悲しみでいっぱいになりました。
(なぜこんなことになったんだろう?)
 と、タロウは考えました。もちろん、巨大いん石が落ちてくることに理由などあるわけはありませんし、考えたからといって、なんの解決にもなるはずはありません。しかし、考えずにはいられませんでした。
「こんな時、魔法が使えたら……」
 タロウは思わずつぶやきました。
 その時、
「どうやら魔法使いの出番みたいだな」
 という、ちょっとナマイキな声がしました。声は、空からでした。
「ノワール!」
 叫んだみんなの声に、にやり、とナマイキな笑顔をうかべると、漆黒の魔法使いは、ふわりと地面に降り立ちました。
「大変なことになったな」
 ノワールは全ての事情を知っている様子でした。
「でも、オレ一人の力じゃどうにもならない。とにかく、ブランのところに行くぞ」
 そう言うとノワールは、
「セ・サンパ!」
 と、タロウたちに魔法をかけ、みんなを連れてエストの森へと飛んでいきました。


       -つづく-

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2006年4月25日 (火)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第2回

 マウンドに立ったのは、みんなの中で一番の力持ちのボブです。
 ピッチャーはいつもボブと決まっていました。かれは、根は優しいのだけれど、ちょっと乱暴でわがままなところがあり、特に野球となると、誰にもピッチャーをゆずりませんでした。
 野球といっても、かれらはブランも入れてたったの五人しかいなかったので、この場合は「三角ベース」でした。三塁はなく、一塁と二塁とホームがあるだけです。キャッチャーはブラン、一塁はキャス、二塁はチェンが守っています。外野には誰もいません。
 最初にバッターボックスに入ったのは、タロウです。
「プレイボール!」
 ブランのかけ声で、ゲームが始まりました。
 体の大きなボブの手からくり出される剛速球に、タロウは手も足も出ず、あっという間に三振に打ち取られてしまいます。 
 タロウはとぼとぼと一塁に向かいました。もちろん、出塁ではありません。「守備交代」です。五人しかいないかれらは、それぞれがその時にあいているポジションに入るのです。だから当然、だれがどっちのチームかというのもなく、勝敗もつねにあいまいです。
 でも、かれらにとって、そんなことは大きな問題ではありません。ただ、野球が楽しめればよいのです。
 今度はキャスがバッターボックスに入りました。
 ボブは、みんなで作ったルール通りに、女の子のキャスに対しては「下手投げ」でボールを投げました。「上手投げ」よりも球のスピードは遅くなりましたが、それでもキャスはバットに当てることができず、彼女もまた三振に倒れました。
 キャスが元の一塁手に戻ると、タロウは次は二塁を守り、今度はチェンが左のバッターボックスに立ちました。チェンは先の二人よりも断然野球が上手く、さすがのボブも、かれに対しては慎重になりました。
 ボブは初球、ストライクゾーンぎりぎりの低めのストレートを投げました。打ち方の上手なチェンは、この速球をあざやかにバットにとらえましたが、これはファウルでした。
 ボブはストレートだけでなく、カーブやフォークも投げました。
 みんなが息をのんで勝負を見つめる中、ボール・カウントはついに、二ストライク・三ボールになりました。次の一球が勝負です。
 ボブは渾身の力を込めて剛速球を投げました。
 しかし、チェンのスイングが巧みにこれをとらえ、力強く打ち返されたボールは、一塁と二塁の間を抜けていきます。
 足の速いチェンは、タロウがボールを拾った頃にはもう一塁を回り、あっという間に二塁へと進みました。あざやかな二塁打です。
 だれか一人が出塁してしまうと、もう人数が足りませんでした。さすがのブランの魔法でも、人間を作ったりはできません。
 みんなが困り果てていると、その時、
「野球やってんのか? オレも入ってやってもいいぜ」
 という、ちょっとナマイキな声がしました。声は、空からでした。
 みんなが空を見上げると、そこにはブランとよく似た姿形をしたもう一人の魔法使い「ノワール」が、ふわふわと浮かんでいました。
 ブランと同じく猫のような耳が付いていますが、ブランよりも背が高く、やせていて、体の色はアスファルトに落ちた影のように真っ黒でした。
 ノワールは、ブランの魔法学校時代の同級生でした。おだやかでで優しいブランに対して、ノワールは、どちらかというとヒネクレ者でずるがしこい部類に入ります。けれども二人はなぜか仲が良く、隣町に住むノワールは、こうしてたびたびエストの森に遊びに来るのです。
 ふわり、と静かに地面に降りたノワールは、ブランたちのそばに来ると、
「人数が足りないなら、オレが入ってやるよ」
 と、再び言いました。つまり、仲間に入れてほしい、ということなのです。
 みんな大賛成でした。ちょっとヒネクレたところのあるノワールですが、かれもみんなのともだちなのです。
 プレイ再開です。全員がもとの守備位置に戻ったところで、ノワールがさっそくバッターボックスに入りました。
「バッティング練習してやるから、早くヘナチョコ球を投げてみな」
 と、ノワールはボブを挑発しました。
「何を偉そうに! おまえなんか三球三振にしてやる!」
 怒ったボブは、いっさい手加減をせずに、全力の剛速球を放りました。今日一番の速い球でした。
 ところが次の瞬間、雷のように速いノワールのバットが、カッ、と音を立てると、白球は見る見るうちに大空へと吸い込まれていきました。
 驚嘆と歓喜の声が同時に上がりました。ホームランです。
 これはノワールの作戦勝ちでした。怒って力一杯に投げられたボブの球は、確かに速かったのですが、投げられたコースは今までになかったくらい真っ正直な、ど真ん中のストレートだったのです。
 それに、ちょっとずるもしていました。みんなは気がついてはいませんでしたが、ノワールはこっそりと魔法を使っていたのです。
 ノワールの魔法は、
「物体を自由自在にあやつる」
 というものでした。例えば、かれがりんごに右手で触れて、
「セ・サンパ!」
 と、かれの「合い言葉」を唱えると、りんごはたちまち宙に浮かび、ノワールの思いのままに右へ左へと空を飛ばすことができるのです。
 かれはその魔法を応用することによって、自分が空を飛ぶこともできますし、他人に魔法をかければ、その人を飛ばせることもできるのです。ただし、魔法をかけられた人は、自分の意志で自由に空が飛べるのではなく、ノワールにあやつられて飛んでいるのですが。
 ノワールが魔法を使う時の条件として、魔法をかける対象に必ず「右手で」触れるということがあります。ただし、それは「間接的に」でもいいのです。
 つまり、こういうことです。ノワールはボブの投げた球をバットに当てた瞬間、両手(「右手」と左手)で握ったバットでボールに「間接的に」触れていたのです。
 そして、ノワールはだれにも聞こえないように小さな声で、
「セ・サンパ」
 と「合い言葉」を唱えました。あとは、自在にあやつれるようになったボールを大空の彼方へと飛ばせば、ホームランのできあがり、というわけです。
 バットを放ったノワールがゆっくりと一塁を回るころには、チェンがホームへと還り、一点目。そして、ノワールが二塁を回り、ホームベースを踏んで、二点目が入りました。
 みんなが拍手でかれをたたえました。
 ただ一人、ノワールが魔法を使ってずるをしたことに気がついていたブランだけが、ちょっと怒った表情をしていましたが、ノワールは気づかないふりをしました。
 ブランとノワール、そしてタロウたちは、日が暮れるまでたっぷりとエストの森の広場で遊びました。

     -つづく-

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2006年4月22日 (土)

魔法使いブラン~巨大いん石衝突を回避せよ!!の巻~第1回

 小学校の屋上のフェンスの上に、二羽のかっこうがとまっていました。かっこうたちは仲良くたわむれながらさえずっていましたが、やがて何かを思い出したかのように、大空へと飛び去っていきました。
 そのかっこうのあとを追いかけるようにして、終業ベルが響きわたります。
 校舎から最初に飛び出してきたのは、黒髪の小柄な少年でした。全速力で校門を目指しています。
 少年の後ろから、短く刈り込んだ金髪の、太った少年が猛スピードで追いかけてきます。
 金髪の少年はあっという間に黒髪の少年を追い抜くと、笑いながら後ろを振り返りました。
「ガッハハ。遅いぞ、タロウ! 先に行ってるぞ!」
 金髪の少年はそう言うと、さらにスピードを上げ、校門を抜けて真っ直ぐに東の方へと走り去っていきました。
「ちっくしょ~、今日もボブに負けた……」
 タロウはすでに息づかいが荒くなってきています。
 そのタロウをさらに、背が高く、浅黒い肌をした少年と、栗色の髪を肩まで伸ばした女の子が追い抜いていきます。
「タロウ、追いてくぞ!」
「先に行ってるわよ~!」
「お~い、チェンもキャスも、待ってくれよ~!」

 百メートル先の交差点で、キャスだけがタロウを待ってくれていました。
「ボブもチェンも先に行っちゃったよ。私たちも早く行こう」
 笑顔でそう言うと、キャスは再び走りはじめました。今度はタロウのペースに合わせて、さっきよりもゆっくりです。
 タロウたちの住む「モンド村」の東には、「エストの森」という名前の大きな森があり、その中に、そこだけバリカンで刈ったみたいに木々の生えていない「広場」がありました。かれらはそこを目指しているのです。

 タロウとキャスがエストの森の広場に到着すると、先に着いていたボブとチェンの他に、そこにはもう一人、奇妙な仲間が待っていました。
 いつからかエストの森に住んでいる、魔法使い「ブラン」です。
 ブランは雪だるまのように白く、太っていて、マシュマロのようにぷくっと柔らかい体をしていました。頭の上には大きくて猫のような耳が二つくっついています。人間じゃないけど、どこかひょうきんな顔立ちで、優しくて、タロウたちはみんなブランが大好きでした。
 かれらは毎日、放課後になるとエストの森へと走っていき、日が暮れるまでブランと一緒に遊びました。
「よし、みんな集まったね」
 ブランは、ほとんど一本線のような細い目を、にっこりと山型にして言いました。
 ボブは、ここに来る途中でチェンと一緒に拾い集めておいた「木の枝」二本と「松ぼっくり」二つ、それから人数分の「イチジクの葉っぱ」をブランの前に置きました。
「じゃあブラン、さっそく頼むぜ」
 ブランは、こくりとうなづくと、
「イル・フェ・ボー!」
 と叫び、先端に星形の水晶が付いた杖を振りました。
 すると、それまで何のへんてつもなかった「木の枝」が、たちまち「バット」へと変わります。
「ある物を別の物に変える」
 それがブランの魔法でした。「イル・フェ・ボー」というのは、ブラン専用の「合い言葉」でした。魔法使いたちは皆、自分専用の「合い言葉」を持っていて、その合い言葉を唱えることによって、初めて魔法が使えるのです。ただし、かれらが使える魔法は一人につき一つだけで、それぞれの才能と特性によって、個性的な魔法を持っているのです。
 ブランはさらに二回魔法を使い、「松ぼっくり」をボールに、「イチジクの葉っぱ」をすべてグラブに変えました。
 さあ、野球の始まりです。

     -つづく-

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